杉本3)やさしいことはむずかしい・・(3号)

   「やさしいことはむずかしい」
                          杉本 知瑛子(1997 文・美卒) 

「難しいことを難しい文章で伝えることは容易く
 難しいことをわかり易く伝えることは、極めて難しい。
 近頃の学者さんは、物事をわざと難しく書くので困ったものだ。
 そうやって格好を付けているのだろう」
福澤諭吉の令孫にあたる(故)清岡映一(慶應義塾大学名誉教授)先生は、よくそのように話しておられたそうである。
『学問のすすめ』などは、福沢自身が「子どもにも理解できるように書いた」と言っているくらい、
理路整然、趣旨明確、とにかく簡単で分かりやすい文章である。
諭吉の文章は、蓮如(室町時代・浄土真宗中興の祖)のおふみ文(布教のための著=『御文』)を参考にしていて、人に伝えることを最も大切にしていたとのことである。
 『学問のすすめ』は福澤の信念に基づいて書かれた初めての思想書であるが、「子どもにも理解できるように書いた」とはどういうことであろうか?
現代の子どもの学力と明治初期の子どもの学力が同じとは考えられないが、『学問のすすめ』初編が刊行(1872=明治5年)された半年後には、政府による「国民皆学」の方針が打ち出され、諭吉のこの本は小学校教科書にも掲載されたのである。
 しかし、下級武士とはいえ、諭吉でさえ14~5歳で塾に通い初めて読書をしたのである。
(明治の初期頃、父兄による小学校の焼き討ち騒ぎが頻繁におきていたと、慶応の授業で聞いた記憶がある)
その当時、一般の百姓町人では、子供も貴重な働き手だったのである。
小学校の授業料が無料でも働き手を学校にとられるのは、生活に支障をきたす。学校が無ければ行かさなくてもいい。それで、学校焼き打ちである。
それでも明治時代の識字率は以外に高かったそうであるが、難しい文を読める人間は極少数であったと考えられる。
“「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」といへり。されども今広くこの人間世界を見渡すに、かしこき人あり、おろかなる人あり、貧しきもあり、富めるもあり、~”
“~天より定めたる約束にあらず、諺にいはく、「天は富貴を人に与えずして、これをその人の働きに与ふる者なり」と。”
この良く知られた言葉(「天は~造らず」)は、諭吉がアメリカの独立宣言の一部を意訳したものといわれているが、ここで諭吉は「人は生まれながらにして平等である」という単純な平等思想を説いたのではなく、人の富貴は、その人の働き次第で決まるという、むしろ厳しい競争原理の方を説いたと考えるべきなのである。
 又、人間個人の独立といった遠大な独立思想「一身独立して一国独立する」についても、
明治の日本が世界の中で近代国家として独立していけるかどうか、明治維新という大転換期を乗り切るための危機意識から書かれたものと考えるべきである。
“わが日本国人も今より学問に志し、気力を確かにして、まず一身の独立を謀り、したがって一国の富強を致すことあらば、なんぞ西洋人の力を恐るるに足らん。~一身独立して一国独立するとはこのことなり。”
 諭吉は『学問のすすめ』を少しでも多くの人にと、蓮如のおふみ文を参考にしたのであろう。
『学問のすすめ』は、やさしい文であっても当時の日本人にとって極めて重要な内容であった。

 話は変わるが、クラシックとしては少しポピュラーと見られている作曲家にトスティという人がいる。音楽系大学で声楽専門の人なら、受験時または一年生の時に少し歌う程度の作曲家である。
それらの歌曲は、歌部分の音符も伴奏部分のピアノ譜もヴェルディやプッチーニなどのオペラに比べたら、難易度は大人と幼児位の差がある。
しかし、演奏に要する表現の難易度はそれらのオペラに負けてはいない。
 なぜなら、音符とは関係のない楽器(歌の場合は人間の身体)の音色だけで、その楽曲の情景や精神性を表現しなければならないということは、オペラと全く同じなのであるから。
楽器(人間の身体=ベルカント唱法の習得)がまだできていない時、その音楽の難易度を決めるのは楽譜の音符だけである。しかし、声としての楽器(ベルカント唱法)の創作と認識によりそれが表現方法となってくると、もはや音楽は楽譜に縛られるのではなく、身体筋肉の操作による共鳴や音色操作で、その音楽の想念を表現しなくてはならなくなってくるのである。
オペラなどはその音符の難しさやこけおどしのドラマティック性で多少の誤魔化しはきくが、このトスティのように簡単な音符では誤魔化しがきかない。
 何の誤魔化しがきかないのか?
それはイタリア音楽の真髄、ベルカントという唱法の誤魔化しである。
お能の老女物、シューベルトの『冬の旅』。考えてみればこれらも極めて動きの少ない一見易しい作品であるが、知らぬ人はいないという位その世界の最高峰(至難)の作品でもある。相当観念的なこれらに比べ、トスティの甘美でやさしい旋律はポピュラーである。誰も至高の作品とはいわない。それはあまりにポピュラーで、観念的な研究もあまりなされていないためのものだけなのか。
「イタリアオペラの真髄(精神性)は、ベルカント唱法(人間が楽器)=美しい声、である。
観念的な言葉での研究で解明できるものではない」
「日本の音楽芸術は花魁(おいらん)のように櫛笄(くしこうがい)で飾り立てた創作美である。イタリアの音楽芸術はボッティチェリの“ヴィーナスの誕生”のように、何も飾らない自然な裸身の美である」
(故)中川牧三先生(日本イタリア協会会長)との雑談での先生のお言葉である。
完璧なベルカント(美しい声)をマスターした者でないとその世界を表現できないトスティの曲のように、難しい言葉を使って豪華絢爛に見せるのも文章の美であるなら、これ以上誤魔化しのきかない(ヴィーナスの)裸身(自然な、やさしい言葉)で真実を語るのも、また文章の美である。
しかし、ヴィーナスの素顔や裸身は見ることが出来ても、花魁の素顔は見ることができない。
また花魁は作れてもこの世でヴィーナスを見つけ出す(作り出す)ことは極めて難しい。
誤魔化しの効かない真実の美は、単純で明確で誰にでも分かりやすい美でありながら、創作することは極めて難しい美なのでもある。

 明治維新という時代の大変革期に、西欧列強に独立(国家と個人)の尊厳を持って立ち向かっていくための啓蒙書を、当時の教育水準に合わせ“子どもでも読めるような文”で著した福澤諭吉の偉大さに、改めて脱帽するものである。

 「難しいことをわかり易く伝えることは、極めて難しい」のである。 (完)

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