白石21 )短編集「季節の装い:夏ーその1」・・・39号

短編集「季節の装い:夏-その1」

             白石 常介(81、商卒);(台湾三田会 顧問)

(1).立夏(りっか):次第に夏めいてくるころ

   <新暦:5月5日~5月20日>

夏とはいっても本格的な暑さはまだ先のことであり、新緑の季節、さわやかな風の季節、五月晴れの季節である。

夏川海人(なつかわ かいと)、21歳。

太陽がカンカンに照り付ける海辺の漁師町で産声を上げ、大海原とは大の仲良し。高校まで地元ですくすくと育った。

将来は海の仕事をしたいため、現在は海洋生物資源環境関連の学部がある都会の海洋系大学に通っている。

地方からの学生にとり都会での生活費は大変であり、特に家賃はかなり高い、ので、同級生の山内陽子とは2年の夏の終わりから一緒に生活している。何事に対しても大きな心の支えでもある。

3年生になり実習を含め学ぶことがあり過ぎて大変であるが、今年の夏休みは実家に戻り、ひと夏をゆっくりふるさとで過ごす計画を立てている。

5月5日は端午の節句。こいのぼりの習慣は、滝をさかのぼって龍になるという鯉の滝登りの逸話より、男子の立身出世を願い江戸時代に武士の家々でこいのぼりを揚げたことによる。

「実家ではさあ、小さいときからこいのぼりを揚げてね、お父さんがよく自分に言ったもんだよ“おまえもこの大海原のようにでっけえ人間になるんだぞ。少しのことでへこたれんじゃねえ。見てみろ、海風に気持ちよさそうに揺られて大空を泳いでるこいのぼりをよお。これだよ、これ、すっげえだろ。おまえもこんなくれえでっかくなって、世のため人のためになる人間になってみろ”ってね」

「いいお父さんね。励まし方がすごいわ。それが今の海人の性格形成に大きな影響を与えているのね」

「そうかもね。あっ、その時はしょうぶ湯に入ったり、柏餅を食べたりしてさ、なっつかしいなあ」

「そうそう、柏って縁起がいいのよね。だって、柏は新芽が出るまで葉が落ちないから、家系が絶えない縁起物なんだって」

「あっ、そうなんだ、知らなかった。」

「ふふ。でも海人のお父さんってどんな人なのか、一度会ってみたいわ、私」

「よ~し、わかった。じゃあ、この夏一緒に僕の実家に行こうか」

「えっ、いいの、私も行って・・・」

「もちろんだよ、ちょうどいいタイミングだしね」

「えっ?」

海人は毎日授業を聞いた後で必ず図書館に行き、その日の講義内容をおさらいしながら自分なりに納得がいくまで参考書を読みあさっていた。

平日は学問漬けの毎日で必死に努力しているが、週末になると一転、陽子とともにゆっくりと生気を養っている。

この週末は一緒に潮干狩り。早速電車を乗り継ぎ浜辺の潮干狩り場に到着。

「うわ~っ、こりゃあいい天気だ」

「ほ~んと。それに風も何だか“ようこそ、いらっしゃ~い”って感じで優しくささやきかけてくるわ」

「でも、紫外線は強そうだから気を付けないと」

「うん。ねえ、どっちが多く採るか競争ね、つまり市外戦。私、強い、あるね!」

「アハハハ、陽子って意外と面白いんだね」

「今わかったの? 実は海人に感化されたのよ」

潮干狩りで採れたアサリ。お吸い物にもよし、酒蒸しにしてもよし。鉄分やミネラルが豊富。また、この時期の旬の野菜であるタケノコ。採れたてのタケノコを刺身にしてもよいが、アサリとタケノコの炊き込みご飯もこの時期の楽しみである。

「ねえ、今夜はアサリとタケノコの炊き込みご飯と旬のお魚はどう?」

「おっ、いいねえ。今の時期は確か、イサキ、キンメダイ、かな」

「キンメダイは私たちには少し高すぎるからイサキにしましょうよ」

「うん、いいよ。皮が厚いからうま味の出る塩焼きがいいね」

「いいわよ。じゃあ、私は炊き込みご飯、海人は塩焼きをお願い!」

「OK!あっ、それとさあ、ビタミンCがたっぷりの旬のイチゴも買って帰ろうよ」

「じゃあ、同じ色でも免疫力を高めるカロテンたっぷりのニンジンもサラダでね」

話が尽きないところで、超新鮮な海の幸をいっぱい入手した二人。もちろん、山の幸も。

夕方の帰り際、電車道のそばの田んぼのあぜ道を歩いていると、突然カエルがびっくりしたように草むらから飛び出してきた。そうか、これから田んぼに水が張られたらそこで大家族ができるんだ。

しばらくすると始まるカエルの合唱。でもこれはオスのみであり、メスを恋しがって鳴くのである。

昔はカエルに降雨の予知能力があるとして田の神様の使者と考え崇めた。これはカエルが水田の害虫を食べてくれる益虫であることとも関係しているようである。

 

「脅かしてゴメンね、カエルくん。もう何もしないから」

「優しいのね、海人って」

「命あるものはみんな大変なんだよ、生きることに。だから優しくしてあげないとさ」

「そうよね。あっ、それと、お部屋に花を飾らない?」

「いいねえ。で、どんな花がいい?」

「ちょうど今ごろ咲く藤がいいわ」

「さすが、センスいいね。確か藤ってさあ、清楚でありながらも華やかで美しい花なんだよね」

「そう。花言葉は“恋に酔う、決して離れない、優しさ、歓迎”などよ。すっごくいいでしょう」

「そうだね。うん? 決して離れない、か。(小声で)女の執念・・・」

「えっ、何か言った?」

「いっ、いや。(これも小声で)何事もいいようにいいように考えること、これが円満の秘訣」

「えっ?」

母の日は5月の第2日曜日。その日には、母が健在な人は赤いカーネーションを母に贈り、既に亡くなった人には墓前に白いカーネーションを捧げていたようであるが、最近では母が好きな(好きであった)色のカーネーションを選んでいるようである。

陽子の母は昨年亡くなってしまったため、お墓に白いカーネーションを捧げてきたようである。優しい心の持ち主でもある。

海人は陽子の言う“決して離れない”の意味を“男性を信頼し寄り添う女性”と解釈しようと強く心に決めた。

(2)小満(しょうまん):命が次第に満ち満ちていくころ

<新暦:5月21日~6月4日>

植物も動物もそして人間も、日の光を浴びて輝きを増し始める季節である。

現在は新暦5月のさわやかな晴れを五月晴れ(さつきばれ)と呼んでいる。

しかし、以前は梅雨(つゆ)のことを旧暦5月に降る雨なので五月雨(さみだれ)、その時期のどんよりした雨雲を五月雲(さつきぐも)、そしてその間に現れる青空を五月晴れといっていた。

「ねえ、5月23日は何の日でしょうか」

「えっ、何の日? ええっと・・・あっ、鬼の日」

「何で?」

「何でって、まあ、5、2、3、は“鬼さん”だろ?」

「何言ってるのよ、って、でも語呂合わせは当たっているわ。恋文、つまりラブレターの日よ」

「ん? あっ、5(恋)、23(文)、そうだろ」

「よくできました、その通り。それと、この日はもう二つあるのよ」

「もう二つ? わかった、ひとつは“お兄さん(523)”の日、だろ」

「あのねえ。1946年公開の“はたちの青春”っていう映画の封切日が同じ5月23日だったの」

「それで?」

「日本で初めてキスシーンが登場した映画なんですって」

「へえ~っ、そうなんだ、ふ~ん」

「5月23日のことを覚えてないの?」

「う~ん・・・」

「がっかり!」

「えっ?」

「私たちにとって、とてもとても大切な日よ」

「えっ、だって僕たちが出会ってから5月23日っていったら」

「そうよ、去年の今ごろ」

「う~ん、何だろ」

「男の人ってそういうことをまったく気にしないのね、がっかりだわ」

「ん? もしかして、初めてのデートの日?」

「そうよ」

「ごめん」

「私は忘れないわよ、そんな大事な日のこと」

「ぼ、僕だって」

「そうなの?」

「あ~っ、思い出した。そうそう、あの後で“今夜は何を食べようか”って言ったら、陽子が“てんぷらがいいわ、ちょっとぜいたくだけど”って」

「やっと思い出してくれたのね、ありがと」

「そりゃそうだよ。だってさ、そのお店で陽子が“今日はせっかくのお祝いだから江戸前の旬のてんぷらがいいわね”っておねだりしたら、お店のご主人が“じゃあ、江戸前の今の旬はまずクルマエビと鱚(キス)かな”って。その途端に陽子は下を向いてほおを少し紅く染めていたんだよね、恥ずかしそうに、ね、陽子」

「知らない、もう」

「ご主人もご主人で“あ~っ、もしかしてお二人さんは今日が初キス、かな、何ちゃって”って、茶目っ気たっぷりにさ」

「そういうことだけ覚えているんだから、もう」

「いやいや、でもさすがご主人は江戸っ子気質っていうか、きっぷがいいっていうのか、その後でもうひとつキスの天ぷらをサービスしてくれたよね」

「それは海人が後で冗談を言ったからよ」

「あっ、そうそう“江戸時代はキスのことを口づけじゃあなくって『口吸い』っていったようだけど、そっちの方が的確のようだね”って言ったら、“いよっ、ご両人、若いってなあいいねえ、さあ、食いねえ食いねえ”って」

「そうね。懐かしいわ」

「じゃあ今夜も?」

「ムード次第ね!」

毎年5月の第3金曜日から日曜日までの3日間は浅草神社(あさくさじんじゃ)の例大祭(れいたいさい)、つまり三社祭(さんじゃまつり)である。正式名称は浅草神社例大祭。

628年のこと、漁師の兄弟である檜前浜成(ひのくまのはまなり)と竹成(たけなり)が現在の隅田川で漁をしていたが、人形の像が網にかかっただけで魚は一匹も取れず、人形を川に捨てては場所を変えてみたが、また同じ人形が掛かるだけであった。

そこで困った二人はその地域の物知りである土師真中知(はじのまつち)に相談したところ、その人形は実は観音菩薩像であることを教えられ、深く祈念したところ、翌日から大漁が続いたそうである。

三社祭の三社とはその三人のことを指し、後に神様として三つの神輿(みこし)で担がれているようである。

なお、浅草神社は明治時代に入るまでは浅草寺(せんそうじ)と一体であり、三社祭は浅草寺の祭りとして行われていたが、神仏分離により浅草神社のみでの祭りとなり今日まで発展してきている。

「ねえ、江戸情緒が今でも残る下町の浅草が1年でもっとも活気付く三社祭はほんとよかったわね」

「うん、東京の初夏を代表する風物詩のひとつだもんね」

「特に最後の日没後に浅草神社境内に戻ってくる神輿は感動したわ」

「僕はその後が感動したな」

「えっ、その後って?」

「ほら、帰り際に買ったほんのり香りがする甘いビワ。あれの皮をむいて陽子がかぶりついてただろ」

「“かぶりつく”って上品じゃあないわよ。“おかぶりつきあそばされました”でしょ!」

「はいはい、ご自由に」

「でも、ビワってすごいのよ。桃栗3年、柿8年でしょ。ビワは最低でも13年かかるの」

「優に小学校は卒業してるか、うん。大変なことだね、それは」

「・・・」

「じゃあ今度はこっちから質問。6月2日は?」

「路地の日でしょ」

「えっ、知ってたんだ、何~だ」

「あっ、そうなの? 語呂合わせで適当に言っただけよ」

「おっ、さすが、そうなんだよ。その日にまた浅草に行ってみないか、路地巡りをしに」

「いいわね。歴史のある場所には路地があって、表通りからは見えない古き良き時代の名残があるものね」

昔風情に浸ることの多い陽子、まだ若いのに。それは生まれ育った生活環境に多分に影響されている。

陽子のふるさとは海人とは正反対の山麓にある。周りは山に囲まれ、堂々と流れる川の上流には山城の名残もあり、川の源流近くでは渓流釣りの対象であるイワナが今ごろは元気に泳ぎ回っているはずである。

川を少し下るとその周辺では麦畑が広がり、一面黄金色になり収穫を迎えている。麦秋(ばくしゅう)とは、麦の穂が実り収穫期を迎えた季節のことをいうが、それは麦にとっての収穫の秋でもあるからである。

また、桜桃とも呼ばれるサクランボの季節でもあり、この時期になると実家からいつもサクランボが宅急便で届き、この時ばかりは親のありがたみを実感している。

山懐ではスズメくらいの大きさの四十雀(しじゅうから)が高く澄んだ通る声で鳴いている。しかし陽子にはまだまだ先ことであり、今はこの鳥にあまり興味はない。えっ? だって、今の年齢の倍近くあるんだもの・・・四十から・・・。

山育ちの陽子はどういうわけかまったく経験したことのない海洋関連事業に興味を持ち、親の反対を押し切って農業関連の大学ではなく今の大学を選んだ。

そこで海人との運命の出会いが。

(続)

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