白石19)雑文集「夜空の糸電話」・・・37号
雑文集 「夜空の糸電話」
もう10年・・・まだ10年・・・。
復興・創生に向け各種対応が進んでいる。
形あるもの、それはいつか消滅する。
しかし、記憶の奥底に深く刻み込まれた思い出、それはいつまでも心から離れることはない。
遠く遠く時空をつなぐ夜空の糸電話。
無限の深さの空のかなたから舞い降りる潤いを帯びた優しい風を肌で感じ、瞳をそっと閉じ、思い出の人と心を通して会話する。
普段気丈に振る舞っていても、ときには心の扉をそっと開け・・・
「父ちゃ~ん、母ちゃ~ん、そして〇〇、元気かぁ。俺たちも元気になったぞ。いつまでくよくよ
しててもしょうがねえからな。
今は新しい家をこしらえてよぉ、妻と二人で頑張ってるぜ。でもなあ安心しろや。父ちゃんと母ちゃんと〇〇がいつ帰(けえ)ってきてもいいようにさぁ、2階の一部屋をちゃ~んと開けておいてやったから。前の家は流れちまったけど、思い出の品も少しそこに飾ってあるし。ちっと狭えけど我慢してくれや。申し訳ねえけど今の俺が頑張って建てられるのはこのくれえだから。
ひとつお願(ねげ)えがあるんだ。せめてお盆だけでもいいからさあ、帰(けえ)ってきてくれよ、
顔を見せに。
頼むよ、父ちゃ~ん、母ちゃ~ん、〇〇・・・」
「おまえさあ、俺やっぱ寂しいよ。あいさつもしねえで〇〇といっしょにとっととそっちに行っち
まって。俺も早く行きてえって何度考えたことか。でも思ったんだ。俺って生かされたんだよな。
おまえたち二人の分まで頑張れって・・・。
今夜もおまえたちの写真の前で三人一緒に食事したけどよぉ、こっちから話し掛けてもな
~んもしゃべってくれねえし。だけど俺、そんな時は目をつぶることにしたんだ。そしたらほんと、ちゃ~んとおまえが、〇〇が、話し掛けてくるんだよ。不思議なもんだなぁ、思ってることがちゃ~んと通じるもんな。
今までありがとうよ。そして、これからもよろしくな。
俺をこれ以上寂しくさせねえでくれよ、頼むからさあ・・・」
「あなた・・・あなたはあなたしかいないのよ・・・。
そんなあなたが手の届かないはるか遠くにさっさと行っちゃって、もう10年も音沙汰なしよ。電話のひとつくらい掛けてよこしてよ “もうすぐ帰るぞ。家で飯を食うからな”ってさ。
堪忍袋の緒が切れちゃうわよ、私・・・何とか言ってよ、あ、あなた・・・」
心の底に秘めた感情、それは・・・
心に鍵を掛けても、決して忘れ去ることはできない。
いや、無理して忘れる必要はない。
その気持ち、いつまでも大切にすべきだ。
これからも生きていく支えになるんだもの。
人それぞれ唯一無二の人生を送っている。
誰にもまねできない人生。
いつか天国で再会したときの土産話にしたらいいよ。
白石 常介(81、商卒)
(台湾三田会顧問)