白石12 )「小話五題 その一」・・・24号
「小話五題 その一」
人生、いろいろなことを体験してきますと、そこにはかならず喜怒哀楽が付きまといます。
それはまさに生きている証拠でもあります。
そうであるなら、楽しい人生を送った方がはるかに得です。それにはまず笑うこと。何はなくとも笑いが一番の妙薬です。昔からの古典落語しかり、最近はお腹の底から笑っていますか。
今回は落語そのものではありませんが、少しでも腹筋を刺激していただければと思い、私なりに小話を書いてみました。ご笑納ください。
一.エンマ様の舌
大自然の懐に囲まれ、聞こえてくるのは静かな風のセレナーデ。山からは心地よい風がそよそよと優しく吹き下ろして木々を眠らせ、麓では生まれたばかりの白無垢の水がきらきらと息吹の光を放ちさらさらと音を奏でていた。
この静かな静かな山村、そば屋も当然あるわけではなく、たぬきどんもきつねどんもドンブリの中で自殺することもないのどかなこの村に、ひとりの若者が住んでいた。
そっ、そうなんです...とっ、とんでもない若者が...。
この者、余太郎といい、まさかり担いだ金太郎の叔父の孫のそのまたひ孫の赤の他人。ずる賢く口達者でうそばっかりつき、野良仕事もせず毎日毎日遊び呆けていた。
ある日のこと。
「ありゃ~っ、昨日の大雨で東の川が怒り狂って大水が山みてえに勢いよく押し寄せて来よるぞ~っ。はよう逃げなあかんで~っ、はよう、はよう!」
それを聞いた村人たち。さあ大変、腰を抜かす暇もないほどぶったまげ、一目散に川と反対の方へ走るように転がって、いや、転がるように走って逃げた。
その光景を横目で見ていた余太郎。もうおかしくておかしくて、腹筋はけいれんするは、アゴは外れかかるは、それだけで一日の運動量を消耗してしまったんだと。
もっとも、どこでもそうであるが中にはへそ曲がりもおり、「おっ、こりゃラッキー。こんな山奥で波乗りができるなんてよぉ。けど厚手の麦わら帽に乗っかっても沈まねえかなぁ?そうだ、ちっと重いから靴下くれえは脱ぐか」なんてのん気なことを言っている者も中にはいたが。
しかし、余太郎のこんな悪事がしょっちゅう続くわけがない。ある日、数々の悪行がたたり、余太郎はぽっくりと死んでしまった。
さ~あ大変。生前悪いことばかりしてきたため、三途の川の怖そうな門番より地獄一丁目行きのノンストップ切符を無理やり渡され、とうとうエンマ様の裁きを受けることに。
本人は各駅停車に乗り込み、無人駅でおさらばしたかったようであるが...。
このエンヤコラのエンマ様も相当意地が悪い。何も知らないふりをして余太郎に尋ねてみた。
「なあ、お前。生前はどんなことをしてきたのだ?」
「エ、エ、エンマ様、わては、いや、私は、生前良いことのみをしてきましただ」
「そうか、では尋ねる。あのとき“川が怒り狂って” とうそをついて村人をだましたのは良いことであったというのか?」
「そっ、そうなんです、遭~難です。皆の者が吹雪で遭難するといけねえので...いや、実は、あのとき村人が逃げなければそれはそれは大きなマンモスに踏みつけられそうでしたんで、みんなの安全を願って大声を上げて逃がしてやったんでさ」
「ほほうっ、マンモスね...時代考証係り、ここへ参れ~っ」
「へいい~っ、私がその係りの孔子要です」
「そなたの名前は孔子要か。そうかそうか、それではこうしよう、なんちゃって。
うおっほん、え~っ、では尋ねる。マンモスはいつの時代に存在したのだ?」
「むか~し、昔の大昔の話です。今は既に絶滅してしまっています。もっともその名残はありますが...」
「ほお~っ、それはどこにあるのじゃ?」
「ここにございまする。もっとも現在はマンモスの鼻の先の一部のみですが」
「アホッ、自分の股間を指さすな、股間を。もう下がってよい。ここにはアホな係りもおるが気にすることはない。それよりお前はここに来てまでもうそ八百を並べてよくもしゃあしゃあと。お前の悪行はすべてお見通しだ。金輪際うそが言えぬようにしてやる」
かわいい看護士さんたちに両腕を抱かれ、なんてことはまったくなく、ヒゲ面(づら)の若い衆に引っ立てられ、余太郎はとうとう舌を引き抜かれてしまった。
これでもう余太郎はうそをつくことができなくなったんだとさ、めでたし、めでたし...とはいかないのがこの話の面白いところなんです。
ここだけの話、余太郎にはとんでもない特技が、いや、性質が、いや、何といったらよいのか、余太郎の舌はトカゲのしっぽよろしく生えてくるのだった。
しばらくすると、地獄界隈ではまたまたうそばっかりついては人(?)を困らせる者が現れ、地下組織総出で捜査したところ、なんと、あの余太郎であることが判明。
再び捕えられ、エンマ様の御前へ。
「おいっ、お前はとうの昔に舌を引っこ抜かれたのではなかったか?」
「へいっ、そのようで」
「何がそのようでだ。こいつめ、もう一度引っこ抜いてしまえ」
しかし、幾度引っこ抜かれてもまたニョキニョキッと舌が生えてくるではないか。
またまた捕えられてエンマ様にお目通り。
「おいっ、お前の舌はどうなっているんだ? 何でまた生えてくるのだ?」
「へいっ、この抜かれた舌は仙台の牛タンどころじゃあなく超珍しいってんで高(たけ)~え値で売れましたんで、しこたまもうけてうめえもんを腹いっぺえ食べたら、また舌が生えてきたんでさぁ。わしにもその理由は分からねえんですが」
「そうかそうか、それはいいことを聞いた。おいっ、余太郎に座布団一枚、いや、それなら俺の舌だったら名前も超売れてるし、もっともっと高値で取り引きできる。よ~しっ、余太郎、すぐ俺の舌を抜いてくれ。俺もしこたまもうけてやるからな」
「えっ、このわしでようがすか? そうだすか。へい~っ、わかり申した、ガッテン。それではあの有名なエンマ様の超高価な舌を引き抜きますよ、せぇの~っ、それっ...」
“プチッ”
それ以来エンマ様はというと、何もお裁きができないばかりか、でかい態度も取れなくなってしまったんだと。
さあ、地獄の一丁目にようこそ。そりゃ楽しいよ。無口のプチ・エンマどんも飾ってあるし...。
プチ・エンマどん
二.舎弟の言い訳
満天の星の淡い光が白い牙をむいて今にも襲いかかろうとしている大変しばれる冬の夜。
外をただただ歩いただけで耳も鼻もチョチョ切れてしまうほどの寒気団が天空から集団疎開。
その夜、毛糸の帽子を頭からすっぽりかぶり、両手をGパンのポケットに無造作に突っ込んで体をなびかせ闊歩していたあの有名なサクラ吹雪組、の舎弟、尻辺軽人(しりべ かると)が、向こうから歩いて来る泥酔客の千鳥足組のひとりの肩にドッカとぶつかった。
「おいっ、おめえ、おめえだよ。どこ見て歩いてやがる。ええっ、痛(いて)えじゃねえか」
「何言ってやがる、サンピン。おめえたちこそ、そろいもそろってピッカピカの一年生並みに横に一列に並びやがって、邪魔で歩けねえ、どけっ」
「なにお~っ、このガキゃあ、お~ら、かかってこいや。どした、おじけづいたか」
「てめえらこそひとりじゃあかかってこられねえのか、情けねえ」
さあ、大変。これからひと騒動起こりそうだ、と思った途端、目の前の戸がギギ~ッと鈍い音を立てて開いた。
「おうおうおうっ、どいつもこいつも俺んちの店先で何してやがんでい」
「なにおおっ、てめえは寿司屋のもんか。横から構うんじゃねえ、どいてろっ」
「構うんじゃねえ? 誰に言ってやがんだ、こいつ」
「こいつだぁ? おいっ、先に寿司屋のおっさんから片ぁ付けてやろうぜ」
“(誰かが小声で)おいっ、ちょっとやべえぞ。この店の主人かなんか知らねえが、右手に刺身包丁を握ってるぜ”
「んっ? あ、やべっ...おっ、おいっ、矢部っ、きょ、今日はいい天気だなぁ、いや、今日のところは虫の居場所がいいから勘弁してやるけどよぉ、こんだぁ覚えとけよ」
泥酔客の千鳥足組は慌てふためき酔いもさめ、一目散に尻をまくって逃げて行った。
「フウ~ッ。おやっさん、あぶねぇところを助けていただき、ありがとやんした。このご恩は忘れるまで忘れません。いつかきっと...」
「わしゃあ別におめえさんを助けようとしたわけじゃねえ。店の前で騒動を起こされちゃあこっちが困るからよぉ。もう夜も遅(おせ)え、さっさと帰って寝な」
「へいっ、それじゃあ今夜のとこはこれで失礼いたしやす。ありがとさんでした」
サクラ吹雪組に戻った軽人は今日の出来事を荒四十(あら よっと)組長に余すところなく話した。
組長は仁義の鬼で有名であった。
「おう、そうだったか。じゃあ借りは必ず返さねえといけねえ...。よしっ、軽人、おめえは明日から3日間、そこの寿司屋のご主人の手伝いをしてこい。何? 江の島寿司? じゃあ、江の島寿司の尻辺軽人に命令する。それが終わるまで帰って来るなよ」
「へいっ、わかりやした。江の島寿司の尻辺軽人、明日から3日間奉公してめいりやす」
コレマタケッコー、コケコッコ~~...夜が明けた。
「あ~ぁ、よく寝た。俺って寝ざめはいいんだぜ。おっ、天気もばっちり。よっしゃ、今日は一日縄張りでも行ってど突き回してくるか」
「おぉっ、軽人、おめえ何でここにいるんだ?」
「おっ、おはようごぜえやす、頭(かしら)。何でって...あっ...たっ、たった今から奉公に行ってめいりやす、はいっ」、ってんで、着の身着のまんま昨夜の寿司屋へぶっ飛んでいった軽人。
「ええっ、ごめんなすって」
「おぉっ、来たか。まずは飯を食えっ。先に腹ごしらえだっ」
「へえっ...ええっ? わてのことを覚えていてくれやしたか」
「当たり前(めえ)よ。それに昨夜のおめえの着物に“サクラ吹雪組”の って文字が縫ってあったからよう」
「そりゃどうも。で、一つ聞いてようがすか? 何でわてがここに来たのか、あんさんは分かってたような...」
「そうともよ、分かってたぜ。なんせあそこの組長は義理がてえことで有名だからな」
「そうでっか、そんなに有名なんでっか」
「3日くれえ奉公しろって言われなかったか」
「あっ、まさにそれ、その通りでっせ。あんさんも大した玉でんなあ」
「おめえに言われる筋合いはねえけどよぉ。もっとも確かに玉はでけえけど」
ということで、さっそくここで働くことになった軽人、ではあったが、一日の仕事を聞いてまずおったまげた。
4:30起床(ちきしょう!)、5:00仕入れ、6:30朝飯、7:00仕込み開始、11:30昼営業開始、14:00休憩、17:30夜営業開始、23:00一日の終わり、24:00睡眠(やれやれ!)
あれっ、昼と夜の飯は?“あほんだらっ、そんなもん適当に食っときゃあいいんだ”、だってさ。
しかし、超新米の軽人にできることといったら...起床と休憩と睡眠? 何だこりゃ。
寿司屋の主人もその辺は十分承知。元気で威勢もいいんで客の呼び込みと出前をやってもらうことに舌。何、舌? そ~なんです。口八丁の舌を持っているようだったので、つい。
元々、キャバレーで呼び込みをしていたところ、元気がいいってんで組長のお目にかなったのがさくら吹雪組入園、いや、入所の理由だった。
軽人にとり寿司屋の店先での客の呼び込みなんざぁ、それこそお手のもの。
「おっ、そこ行くカッコい~いお兄さん。ここの寿司はその辺のもんとはまさにモノが違いまっせ。なんせネタがピ~ンピン飛び跳ねるほど新鮮そのものでっせ。うまくてうまくてそれこそ大粒の涙がチョチョ切れんばかりに出るよ。なんせワサビもてんこ盛りだし。百聞は一見に如かず。百香は一口に如かず。行きはよいよい帰りは来ない...あれっ? まあまあ、ささっ、どうぞこちらへ、どうぞどうぞっ」
ちょっと変な呼び込みがかえって大当たりし、その日から客がわんさか来るわ来るわ。出前の電話も鳴りっぱなし。
最後の3日目の昼。その日の最初の客は出前の依頼であった。
「はいっ、江の島逗子、いやっ、江の島寿司ですっ...えっ、はいはいっ...はいっ、特上寿司3つですねっ。へいっ、かしこまりやした、毎度~っ」
「おいっ、軽人、出前だ。すぐ握るから持ってってくれるか」
「へ~~いっ」てんで、掛け声よろしく今か今かと握り終わるのを待って、片手で寿司を3つ、もう片手で自転車を3台、んなわけね~だろ。さあ出発、ってどこに?
「あのうっ、出前はどこに?」
「あほんだらっ、そんなこたぁ自分で考えろ!」とは言うわけがない。実は県警本部のお偉方のいる部屋に出前を届けるはずであった。しかし、先にそれを言ってしまうと軽人のことだ、ビビってしまわないかと親心にも主人は心配したわけ。
ところがそれを聞いた軽人はニヤッ。
「へいっ、喜んで行ってめいりやす」
昔さんざん悪事を働き、しばらくは県警にその名が売れたときもあった軽人。そういえばあの事件はまだ未解決ってんで指名手配中のはずであったが。
しかしそんなことは本人はとうの昔に忘れている。ただ覚えているのは暗~い感じの部屋で何時間も取り調べを受けたことだ。
「思い出したぞっ。あんときゃあ、ほんま腹が立ったぜ。頭はどつかれるしよぉ...おっ、ちょうどいい。着いたらでけえ声で注文を繰り返してやるか。“え~っ、一つはサビ抜き、一つはサビ倍返し、一つはネタ抜きでしたね”って」
また、県警の方も超多忙であるから小物の軽人のことなどはもうすっかり忘れてしまっているはず、であった。
「こんちわ~っ、江の島寿司です。お届けに上がりやした~っ」
「おうおうっ、こっちに持ってこいや。いくらだ?」
「百万両です」
「おうっ、そうか、安いなあっ。百万両を今の金に単純計算したら1,900円くらいだ。ほれっ、2,000円。釣りはいいぞ、取っておけ。それででっけえ家でもおっ建てろや」
「“えらく高えなあ~っ”って言うかと思ったら、さすが県警の人だ、物おじしねえや。見直しやしたぜ、へいっ。それじゃあ、釣りの100両で豪華な屋敷でもおっ建てやすか」
「そうかそうかっ、お前もいい乗りしてるなあっ。ところでほんとはいくらだ」
「あれっ、いくらなんでしょうねえ。聞いてめいりやす」
「とぼけたやつだなぁ、お前は...あれっ、お前、ひょっとしたらあん時の軽辺尻人、いや、尻辺軽人じゃねえか。おおっ、間違いねえ、6年前あそこの夜祭りで詐欺を働いて逃げ回ったあの軽人だっ」
「おっ、あの時の事をまだ覚えていてくださったんでっか。それはそれは光栄でっせ。
でもご安心を。サクラ吹雪組の組長からも直々に言われてますんでさぁ。ここ3日間はわてはサクラ吹雪組の尻辺じゃなくって、江の島寿司の尻辺なんで。わてを追っかけるのはその後にしてもらいやしょう...へいっ、毎度~っ」
~「小話五題 その二」へ続く~