天川11 )新生日本建設の学問潮流について・・21号

「新生日本建設の学問潮流について」

~理念と政策の統合的研究によせて~

                                                  天川 貴之(H3、法卒)

第一節 哲学や理念や法則の自由自在なる応用こそ学問の本質である

新時代においては、学問の意味というものを、もう一度しっかりと考え直してゆかなければなりません。明治時代の福沢諭吉が「実学の精神」というものを打ち出し、学問によって実社会を変えてゆくこと、また、実社会を変えてゆく学問の大切さというものを訴えられましたけれども、まさしく、私達に今必要とされている学問は、実社会に活きる所の実学であります。

そして、それが、ただ単なるプラグマティズムに堕するのではなくて、また、小手先の政策論に堕するのではなくて、その政策が何故必要なのかという哲理をしっかりと説明出来るだけの「理念の探究」に裏打ちされた学問でなければならないと思うのであります。

その意味において、現代は、哲学思想というものが不在の時代であります。本当の政策を論じようと思ったならば、その政策の源となっている哲学や思想を論じなければなりません。

そしてまた、本当の哲学や思想というものは、ただ理念としてあるのが尊いのではなくて、理念を具体的に応用し、政策化し、実社会を変えていって初めて実社会における価値を生むものであるという観点を忘れてはなりません。その意味において、哲学や理念を探究しながら、同時に、哲学や理念を自由自在に応用出来る実力を成し、そして、具体的な政策提言に繋げてゆく、このような学問の方向性が必要なのであります。

これは、例えば、科学の世界でも同じようなことがいえます。真理というものは、法則と言い換えてもよいものであります。学問の本質は、法則を発見することであります。そして、この法則を自由自在に応用することによって、様々な具体的な変革をもたらしてゆく、それが学問の本質であります。

従って、例えば、アインシュタインの理論でも、ただ単に相対性理論のような物理学があるだけではなくて、その物理学を応用すれば、原子爆弾を作ることも出来るし、その他にも様々に応用してゆくことが出来るわけであります。

また、経済学でも同じであります。経済に法則があり、経済現象に法則があるということを探究するのが経済学の本質であります。そして、その法則を様々に応用してゆく、それが経済政策であります。ですから、科学においても、経済学においてもそうですし、さらには、どのような学問においても、法則を発見すること、そして、法則を自由自在に応用すること、この二つのことを為してゆけばよいのであります。

第二節 理念と政策の総合研究の必要性について

現代人に不足しているのは、まず、この法則というものを発見する叡智であります。既にある所の先人の遺産を受け継ぐだけではなくて、主体的に法則の前提を問い、そして、法則を新たに発見してゆく、そのような思索的行為、創造的思索というものが非常に不足しているのが現代人の壁であります。もっと素直な探究心、高貴な探究心というものを培ってゆかなければ、学問というものを、本当の意味において、日本で創造してゆくことは出来ません。

そして、同時に、学問と現実というものが遊離しがちなこの現代の日本の学界において、学問が真に自由自在に政策に応用出来るということ、そしてまた、政策が自由自在に学問的に説明がつくということ、これが必要であります。

例えば、今の経済政策においても、学問的な裏付けというのはどれもあるわけであります。あるものはハイエクの経済学であったり、あるものはケインズの経済学であったり、あるものはシュンペーターの経済学であったり、このような経済理論が様々に応用されて、法則に基づいた政策になっているからこそ、その政策の価値の根拠があるわけであります。ですから、このように、理念や思想というものと政策というものを一致して考えてゆくことが、これからの日本を真に創造してゆく生産的な時代においては、特に必要であります。

根本的に近代そのものを問い、根本的に現代そのものを問うてゆく。そして、様々に問うた理念、思想を、自由自在に政策として応用してゆく。そして、具体的な変革の原動力としてゆく。そうした風潮が必要であります。

ですから、学問の価値というものは、本当に国家を変革し、創造してゆく所にあるのであるという認識に立つならば、新時代に向けて活躍せんとする志士達は、自由自在に、理念、思想に精通し、そして、そこから、どのようにして政策が導かれてゆくかという考え方に精通し、そして、自由自在に言論してゆけるものでなければなりません。その意味において、理念と政策を総合的に研究してゆく機関が必要であります。

第三節  すべての学問を根底で支える哲学の復興を

これからの新しき日本のあるべき姿を考えるにあたっても、日本の哲学、思想というものを根本から考えてゆく姿勢が必要であります。たとえば、西田幾多郎の哲学は世界的に観てもオリジナリティーのある日本独自の哲学であるといわれますけれども、その中にある「絶対無」であるとか、「一即多、多即一」であるとか、「絶対矛盾の自己同一」であるとか、「行為的直観」だとか、このような様々な概念は、すべて政治にも応用することも出来れば、また経済にも応用することが出来るし、教育にも応用することが出来るわけであります。

このように、根本的な哲学があっても、それを応用する実力がなければ、ただ、哲学は、純粋哲学として終ってしまうのであります。しかし、どのような哲学であっても、それを応用することは可能なのであります。古今東西の根本的な哲学は、すべて応用することが可能なのであります。

マルクス経済学であっても、その源を辿ってゆけば、ヘーゲルの弁証法的な思考に基づくのであって、ヘーゲルの根本哲学を唯物論的に応用したのがマルクスであるといえるのであります。このように、哲学というものは様々に応用出来るのであります。

たとえば、プラトンであったとしても、プラトンを政治に応用すれば、哲人王の政治家像になったり、また、経済に応用すれば、経済システムの構築になったり、また、法学に応用すれば、新しき立法概念になったりするのであります。

このように、本当に政策というものに対する考え方を根本から変えてゆくためには、理念、思想というものを、哲学というものを、しっかりと深く探究する姿勢が必要なのであります。

このような観点に立って考えた時に、これからは、哲学的精神の復興というものが非常に大切になってきます。その哲学も、生き生きとした哲学であって、柔軟な哲学であります。すべての学問分野に応用され、それが政策化されてゆく所の諸学の中心としての哲学、すべての学問を根底で支える理念を探究するものとしての哲学が必要なのであります。

第四節  哲学を自由自在に政策に具体化しうる人材を育成してゆけ

従って、これからは根本から日本の底力を蓄える時であり、国造りの基盤そのものを創ってゆかなければならない時であります。そのような国家百年の大計、否、それ以上の大計がなければ、本当の意味において、新生日本建設もありえないのであるという観点に立ち、また、そのような哲学があっても、それを、同時代において自由自在に応用し、政策に具体化する力がなければ、同時代にその国家建設は出来ず、時空を隔てた時に可能となる、というケースが多いですので、同時代に出来るだけリアルタイムにそのような理想国家を建設してゆくためには、その哲学を自由自在に応用する実力を培ってゆく必要があります。

哲学を応用するといっても非常に深遠なものであって、哲学は一種の真理への悟りの境地でもありますから、真理が観えないと、本当の応用は出来ません。真理の本当の実感がなければ、本当の生きた政策というものは生まれ難いのであります。

従って、ある特定の真理からある特定の政策を導き出すというのは、限りなく創造的な行為であります。これは、非常なる叡智の行為なのであります。ですから、このような観点に立った時に、これも意図的にそうした教育を施し、そうした環境を施し、そうした風潮を施してゆかなければ、そうした作業が出来る人材が不足してゆきます。

これからの国造りにおいては、そうした哲学というものを自由自在に探究しながら、応用してゆく人材が不可欠であります。それが新しき学問の要請している所であります。

そして、そうした新しき総合理念政策研究所のような機関や大学が様々に創られ、また、私塾や様々なものが創られ、そして、哲学、思想に基づいた政策を様々に提言してゆくような言論が飛び交ってゆけば、それこそが本当の国家新生の時と言えるのであります。

第五節 総合理念政策研究機関の意義と必要性について

様々に飛び交っている言論を観ていましても、非常に浅薄であることが多いのが、現代の社会の特徴であります。しっかりとした深遠な哲学と思想に裏づけされていない政策というものは、また、言論というものは、非常に上滑りなものであるということが、小手先のものでしかないということが、現代社会を観ればよく解かることと思います。

しかしながら、時代を真に根本から変えてゆくものは、深い哲学思想に裏づけられた所の具体的な言論であるということを、よくよく観じとってゆかなければなりません。

そうした思考プロセスのもとにおいては、学者と、経済人と、政治家と、教育者と、このような垣根はすべて乗り越えられてゆかなければなりません。様々な垣根をはずして、統合された新しい新時代のビジョンの構築を可能とする研究機関の構築が必要なのであります。これは、ある程度、今の大学改革などでも叫ばれていることでありますけれども、さらに新時代を見据えた上で、そうした統合機関としての研究所が必要になってくるのであります。

その意味において、ただ単に学生を教育するというだけではなくて、高度に社会を変革してゆける人材を創出せしめる、本当の意味での研究機関や義塾のようなものが必要なのではないかと思いますし、そのために政府が貢献してゆけば、そのパワーによって、国家そのものが国益を増し、素晴らしい国家となってゆくのでありますから、それは最高の国家政策と言えるのであります。

これからの新時代が求めているものは、新しい学問の潮流であります。新しい時代には、新しい学問が必要であります。新しい時代に応え得るだけの思想潮流を創り出してゆくことが必要であります。そして、その思想潮流を具体的に実現してゆくシステムの構築が必要であります。

そのための総合理念政策研究所というものも、その始まりは理念から始まるのであって、根本の理念が、様々な分野の、政治であるとか、法律であるとか、経済であるとか、教育であるとか、科学であるとか、様々な分野の理念となって具体化し、それらの理念が具体的な政策となって現われ、その政策が具体的に政治家や経済人に提言され、そして、相互作用を及ぼしてゆく、そのようなビジョンが描かれるものであります。

従って、このような総合理念政策研究所のような研究機関こそが、これから後、新時代を本当に創ってゆくのであるということをよくよく認識し、新生日本のビジョンを真に構築し得るだけの研究風土、学問風土というものをこの地上に実現してまいりましょう。

大いなる理念と、大いなる志と、大いなる情熱と、具体的な政策と、具体的な人脈があれば、必ず、理想国家は実現してゆきます。共に頑張ってゆきましょう。

(天川貴之:JDR総合研究所代表:哲学者・思想家)

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