塩野11)旧暦の活用と太陽暦・・・(27号)
旧暦の活用と太陽暦 塩野 秀作 (’76 商)
日本のような四季のある土地に暮らしていると、我々は知らず知らずのうちに、その季節の変化を当然のごとく思い生活しています。海外では、この恵まれた季節の変化がほとんどない国が多く、自然豊かで四季の変化に富む日本に生まれてきたことをありがたく思います。ただし、江戸時代までの月日で、季節感が合わないと感じることがあると小学生時代から思っていました。考えてみれば当然です。現在、使用されている暦がグレゴリオ暦(太陽暦)だからです。
日本では、明治5年(1872年)12月2日まで天保暦(太陰太陽暦)が使われていましたが、翌日からグレゴリオ暦(太陽暦)に変更されました。近隣諸国の中では、一番早く改暦しました。
民衆は困惑していましたが、福沢諭吉先生ら知識人が太陽暦が如何に優れているかを著作にて啓蒙活動を行い、政府は予定通り断行した。
この理由としては、欧米諸国と暦を合わせるという大義名分がありましたが、実は、政府の財政難が大きな理由で、明治6年は旧暦では閏年で6月が2回あり、旧暦のままでは官吏の給与を13か月分支払うことになるのを回避し、かつ12月3日が、新暦1月1日になり、合計2か月分の節約削減ができるためだったそうです。新暦では約1ヶ月から1ヶ月半程度早く暦が進んでいる勘定になります。七夕も本来旧暦の7月7日です。各地では一月後れの8月7日に催されていることが多いようです。旧暦行事を新暦にそのままの日付で移行した行事は、約1ヶ月暦が早いので、本来の季節感は味わうことは難しい。旧暦でその行事の日付を新暦に変換してみると、その意味合いや本来の季節感が味わえます。また潮汐と関係の深い漁業関係者が旧暦を活用して成果をあげていると聞きます。その点で旧暦の 効用は大きい。
昔の日本人は、四季の移り変わりを敏感に感じ取り、自然とうまく共生しながら日常生活に対応してきたように思います。旧暦カレンダーが実用新案として特許庁に出願され一度拒否された後に意見書ならびに手続き補正書が出され、1996年9月10日に実用新案登録が認められています。旧暦カレンダーがどうして実用新案なのか不思議に思われるでしょうが、旧暦法の存在が公知ではあるが、現在では国から認められておらず、国民に周知されていないからだそうです。
世界中には多くの暦がありますが、大きくは「太陽暦」、「太陰暦」、「太陰太陽暦」の3つの暦法に分類できます。「太陽暦」は太陽の運行を基本としたもの、「太陰暦」は月の運行を基本としたもの、「太陰太陽暦」は月と太陽の運行を両方取り入れたもので、日本で言う旧暦はこれにあたります。月の満ち欠けの1周期は、ほぼ29.5日なので、「太陰太陽暦」の旧暦を「太陽暦」との誤差を調節するために同じ月が2回続く閏月を考え出しました。そして19年に閏月を7回配置して調整しています。
日本の歴史上の日付は、604年から1872年までは、すべて旧暦の日付で記録されています。
聖徳太子が甲子の年6月4日、十七条憲法を作った604年まで、「官暦」がなく、この年に暦を正式に「官暦」として採用しました。日本には、古典として『古事記」や『日本書紀』があるものの、正式な官暦が採用されていなかったとの理由で、多くの歴史研究家は、中国の魏志倭人伝により、日本の実情を知ろうとしてきました。海で隔てられた異国の文献よりも、日本に住む日本人が記した文献『古事記』や『日本書紀』を信頼すべきと思います。歴史研究でも日本の成立ちを明確にしない不思議な現象が生じています。これは、戦後、米国GHQが、秘密裏に行っていた日本人愚民化政策と深く関係していると考えられます。
話を旧暦の話に戻します。たとえば、赤穂浪士が12月14日に江戸(東京)で大雪の中、討ち入りしたと記録されていますが、これも旧暦ですので、新暦でいうと1月30日になり、大雪が降るのも納得がいきます。
旧暦の日付をそのまま新暦の日付とした行事は、季節感が合わないと思うことが多いのです。お正月、五節供、初天神、七五三などです。お正月に迎春と言いますが、これも例えば今年、来年の旧暦での元旦は新暦でそれぞれ2月16日、2月5日です。これならそろそろ春の兆しがあることで実感できるでしょう。また古典文学を理解するうえで旧暦の知識は不可欠です。旧暦を知ったうえで昔に読んだ古典を読み返して見ますとその理解度は数段上がります。旧暦で閏月のある年は、それがどの季節に入るかによってその年の気候に大きな影響を及ぼすことになり、このことを理解した人は、予めおおよその気候変化を予測することも可能と言われています。「二十四節気」とは、一年を二十四に区切った季節の指標で、月の動きではなく、太陽の動きを基準にしています。そこで、季節の移り変わりを知るための基準として考え出されたのが、「二十四節気」です。立春、雨水、啓蟄、春分、清明、穀雨、立夏、小満、芒種、夏至、小暑、大暑、立秋、処暑、白露、秋分、寒露、霜降、立冬、小雪、大雪、冬至、小寒、大寒を「二十四節気」と言います。ただし、これらの名称は、昔の中国華北地方の季節感で名付けられたため、現代日本の季節感とは異なる点もあります。節分、彼岸、社日、八十八夜、入梅、半夏生、土用、二百十日、二百二十日の九つを「雑節」と言い、「二十四節気」とは別に、日本人の暮らしの中から生まれた季節変化の節目です。旧暦を活用すれば、古典文学の季節感をもっと身近に感じ取れるようになりますし、自然とうまく共生しながら日常生活に対応していけることもあると思う次第です。
(塩野香料(株)社長、大阪慶應倶楽部副会長)