塩野7)「嗅覚と認知症予防」・・・(25号)
~会誌「香料」276号(2017年12月発行)「巻頭雑感」として掲載したものです。~
[嗅覚と認知症予防] 塩 野 秀 作 (76、商卒)
還暦あたりの年齢になると、同窓生との話題は、病気や親の認知症のことが大半です。病気は様々なので、ここでは認知症について取り上げます。認知症の予防に香り・匂いを嗅ぐことが役立つと言われています。人間は、五感を通して万物の形、色、音、手触り、匂い、味を識別し暮らしています。嗅覚は五感の中で最も未知でそのメカニズムの解明は大変困難で未だ解き明かされていませんでした。
米国のリチャード・アクセル教授とリンダ・バック博士が「匂い受容体遺伝子」を発見し、嗅覚メカニズム解明の手がかりになったとして、二人は2004年度ノーベル医学生理学賞を受賞しました。
この嗅覚のメカニズム解明の手がかりを機に、分子生物学の観点から研究がなされ、人はなぜ多くの匂い物質を嗅ぎ分けられるのか、その嗅覚メカニズムの解明が進み、匂いへの関心と理解が進みました。
匂い物質と呼ばれるものは、数十万種類存在し、分子量が比較的少ない揮発性の有機化合物です。種類としては、テルペン類、エステル類、アルコール類、アルデヒド類、ケトン類、含硫化合物、窒素化合物などで、分子の形、大きさ、官能基によって匂いが異なります。
一般的に匂いは高濃度ほど不快に感じ、希釈し低濃度にすると心地よい匂いに感じる傾向があります。スカンクの強烈なガスの主成分スカトールは希釈され多くの香水に利用され魅惑度アップに貢献していることが一例です。二人は、鼻腔の奥にある、匂いを識別するタンパク質を明らかにし、これらが匂いの情報をどのように脳に送るかを追跡しメカニズムを解明しました。
嗅覚は、生物では大変重要な感覚であり、この仕組みの全貌を明らかにすることは、生物そのものを理解するうえで必要なことです。生物がそれぞれどのようにして多種多様な匂い物質を感知し識別するのかという永年の疑問は、匂い受容体遺伝子の発見により明らかとなり、嗅覚研究の促進に重要な転機となりました。
嗅覚は、ある特定の専門的な考えや技術だけでは、そのメカニズムを明らかにすることが非常に困難な横断的な領域です。彼らの受賞で異なる分野の研究者が協力し合って、さらに嗅覚研究が進むことを期待します。
日本の認知症患者数は、2012年462万人で高齢者の7人に1人であったが、2025年には約700万人、5人に1人が認知症になると見込まれています。
嗅覚に異変を感じたら認知症機能低下の可能性が大きいと考えられます。嗅神経と海馬には再生能力があるそうです。アルツハイマー認知症は何らかの原因により海馬が萎縮し、記憶障害が発生しますが、意識しながらアロマの香りを日常的に嗅ぎ、嗅神経を刺激すると海馬周辺の神経細胞の働きが活発になります。
アルツハイマー認知症の患者ですべてではないものの一部の人には改善効果がみられたとされています。嗅神経細胞の再生が記憶を司る海馬を刺激し認知症の改善に効果が表れています。
老齢化に伴い嗅覚の感度も退化していく傾向ですが、毎日意識しながら香り匂いを嗅ぐ習慣を若いうちから身につけると認知症予防や進行を遅らせることに役立つと考えられていますので、是非お試しください。
(塩野秀作:日本香料協会会長・編集委員長、塩野香料(株)社長、大阪慶應倶楽部副会長)