塩野16)私の山歩き報告記(1)・・・39号

      私の山歩き報告記1

            塩野 秀作(‘76年商学部卒:大阪慶應倶楽部副会長)

1.山歩きを始めた切っ掛けー研修仲間の別荘への招待

2018年1月下旬、2013年7月~8月に9日間の慶應ビジネススクールで研修を受講した仲間5人と東京で新年会を開いた際に、その中の一人が河口湖に別荘を購入したので、彼から7名全員が別荘に招待された。富士山の麓なので、別荘に一泊した翌日に富士登山をしようとの計画案が出され、酔った気分も手伝って、2018年8月下旬に登山が決まった。

2.登山用品の調達と前練習

登山用品は、六甲山登山のために30年程前に登山靴を買った程度で、ほとんど持っていず、5月連休中にアウトドア用品店に出向き、夏でも頂上は真冬並みの気温になるという富士登山のための必要な用品を買い揃えた。そして翌日には金剛山に、翌週末には大和葛城山に、6月中旬から8月初旬に5回六甲山縦走コースの一部を山歩きしたが、そのうち1回は登山予定の仲間2名と前練習を行った。しかし、その2名は富士登山の時期に急遽海外出張となり参加できなかった。

3.河口湖の別荘

いよいよ本番です。8月24日に新幹線で三島駅下車。高速バスにて河口湖まで行き、別荘に1泊した。集まったのは、海外駐在と海外出張のため参加できなくなった3名を除き5名が参加。23日に台風20号が四国、岡山に上陸したが、24日も富士山周辺では大雨で天気は荒れていた。久し振りの再会で食事をし、禁酒中の私以外は酒を、私はウーロン茶を飲みながら話も弾み、翌日の登山もあるので午後11時には就寝。最低気温は15℃程度で別荘には暖炉があり夏だというのに夜から朝方まで木を燃やし暖をとっていた。

平成19年3月に膠原病の一種チャグストラウス症候群(現在の病名:好酸球性肉多発血管炎性芽種性)の難病を発症して両手両足に強い痺れが発生し、両足の伝達神経が切断され両足首が機能麻痺のため歩行困難となった。その時感じたことだが、普通に歩けることが幸せなことだということに初めて気づいた。4か月半の入院とリハビリで杖があればなんとか歩行できるようにはなった。そして数年後には左足がまだ不自由だが、杖なしで歩けるようになった。しかし、とても富士登山は、私にはもう一生無理なことだと思っていた。それが、富士登山のお誘い、本当なら皆さんに迷惑をかけるので不参加にした方が良かったのではと思いながらも、参加することにした。

富士登山前日の夜に事情を話して早く歩けないので、その旨を全員に伝えた。全員が快く事情を了解してくれた。

4.富士登山

富士登山で気を付けないといけないのは、高山病にならないように体を高度・気圧に慣らして、急がずにゆっくりと登ることことだと聞いていたので、その点は気を付けながら登りました。

25日に須走口5合目標高2000mで高度に慣れるため1時間程度の待機。そしていよいよ10時半登山開始。途中で下山してくる人が合計約200人。聞くと仲間の中に高山病の人が出て本人だけでなくグループも一緒に登山を中止して下山する由。また登山者の顔ぶれは約6割が中国、韓国、台湾、香港、ベトナム、タイ、ブラジル、米国、英国、ドイツ、フランスなど国際色豊かで外国人でした。6時間半を要して、8合目山小屋17時到着。台風で強風のため8合目以上の登山が禁止であったため山小屋では定員の3倍以上の人が収容されており、横幅30㎝に1人が寝ることになり、「両肩を床につけないで片肩でお願いします」とのことでまさにぎゅうぎゅう詰めでしたが、数時間の睡眠をとった。

朝3時山小屋出発。山頂への登山道は人が一杯で動けず、9合目の登山道の階段で座って朝日を待機。4時30分過ぎには東の空が赤みを帯びだして5時3分雲の間から太陽が顔を出してきた。

登山者が多く渋滞で山小屋から普通なら2時間で行けるところ4時間かかり、山頂には7時に到着。富士山頂上浅間大社奥之院の石柱を囲んで記念写真を5人全員で撮影。お鉢巡りもしたかったが、通常で1時間半かかる。剣が峰3775.8mを攻略したかったので、頂上を約400m時計回りに歩いたが、その前で猛烈な風で体が飛ばされそうになり断念。気温は4度。風が強く体感はもっと寒く山頂には1時間滞在し、8時下山開始。まさに砂の上を滑りながら滑降していくという砂走も体験したが、下山に要した時間は4時間半、12時30分須走口5合目に到着。

5.新幹線に間に合うも忘れ物発生

スーパー銭湯で汗を流して温泉を楽しむ間もなく着替えて河口湖バスターミナルから14時10分発三島駅行の高速バスに乗車したが、大渋滞のため予約していた列車には間に合わないとあきらめていたが、三島駅に約40分遅れ到着。予約していた列車の出発時刻1分半前に到着し、荷物を受取り、発車ベルが鳴る中、階段を駆け上がり滑り込みで乗車した直後に扉は閉まった。しかし、複数枚のクレジットカードを含む財布の入った手荷物一個をベンチに置き忘れてきたことに気づく。車内から連絡するもすでに営業時間を終了しており電話はつながらず。翌朝、かすかな希みを抱いて、バス会社の営業所に電話すると私の忘れ物を保管しているとのことでした。運の良いことにバスの運転手が、トランクルームを閉めた後、横のバス停のベンチにある手荷物の置き忘れに気づき、車庫に持ち帰ってくれていた。翌日には着払いで荷物が届き、御礼の手紙を添えて御礼の菓子を送った。「慌てるとミスをする」、しかし「世の中、捨てたものじゃない。」と思わせる出来事でした。

    

富士山9合目から見た朝日  9合目から頂上への渋滞した登山道  富士山頂上

富士山頂上から見た山中湖

(塩野香料㈱ 代表取締役社長)

 

 

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