ソフィアさんちのチルちゃんと僕(58)~天才と凡人(4-3)~
《3、先生の書棚にイタリアの気候風土、歴史の本が沢山あったのは納得である。
゛音楽史なら、イタリアの音楽史を直接見るほうがいいんです。日本で言う音楽史はドイツ語の原書をもとにしているから、イタリアから学んだり伝わったりしているはずの音楽が、いつの間にかドイツが音楽を開発して、発見してと・・・。
イタリアで学ぶ音楽史というのは、メソポタミアの時代から始まって、そういう歴史を本当に辿った所からはじまって、その時代の人たちがどういうコスチュームを着ていたとか、エジプトではどういう形や彫刻の家具を使っていたとか、ギリシャではこう、メソポタミアではこう、そういうところから始まるんです。オペラのもとはギリシャ悲劇ですからね。”
こんな話をして下さる声楽の先生が日本に存在されていたということが奇跡である。・・・
止まれ!本題に戻ろう。》
「ギョギョッ、オペラはイタリア音楽だからローマ時代も、というのはなんとなく・・・でも中川先生のお話ではローマはローマでも古代のローマで、それ以前のギリシア時代やもっと以前のメソポタミアまで勉強する必要がある、と仰っているのだから・・・ソフィアさん面食らっただろうね。」
「もちろんよ。しかもレッスンでのお話ではなく全てレッスン後の雑談でのお話だから、ボーッとお茶を頂きながらの雑談だと思ってお話を聞き逃したら大変と、ソフィアさん中川先生のお話の真偽は帰ってから必ず調べて確認していたわよ。」
「慶應での科目には専門的で特殊な講義がいろいろあって、だから古代メソポタミアの前の文化にまで遡って勉強が出来たのよ。ギリシア時代も哲学だけでなく、ギリシア悲劇の科目ではオペラはここから始まったのだ!と思って熱心に勉強していたようね。ズボラのソフィアさんにしては不思議だったのよ。音楽以外のことに熱中するのが・・・」
「お茶を飲みながらの雑談でそんな話をして、ソフィアさん以外の人もギリシアなんかの勉強をしたの?それにしてはいつまでたっても、楽譜にかじりついているだけの人ばかりみたいだけれど」
「中川先生の日本では考えられないような知識を、凄く大切なものとは考えられない、いえ考えることができない方が多すぎたのよ。今、目の前にある楽譜をいかに正確に演奏するかで精一杯、いつまでたってもソルフェージュレベルの演奏に汲々していたようね。またその演奏を聴く聴衆もどんな演奏をされても何も分からないので、せめて音符だけでも正確なら大丈夫、ということのようね。
音とリズムを間違えたら、ある程度は聴衆にばれるからそれは恐れていたようよ。音楽とか芸術というのは二の次なのね。中川先生もそれはよくご存知で、いくら教えても聴く耳を持たない人に教えても虚しいだけだ、と思われていたみたいだとソフィアさんが言っていたわ。」