ソフィアさんちのチルちゃんと僕(56)~天才と凡人(4)-1~

「近衛さんが中川先生の後見人として、一緒にドイツに行かれたということは分かったけれど、有名人がそんなに簡単にドイツまで付き添ってくれるなんて、信じられない!」

「そうね、当時は今と違って天皇家に連なる宮家と公家があって、近衛家はその公家筆頭のお家柄でもあったのよ。

ソフィアさん最近中川家のことを知りびっくりしていたわ。京都の近衛家の近くにあったのが中川家で、それまで分かりにくかったのは、中川宮という名称が歴史の途中で賀陽宮という名称に変っていたからだそうよ。

それでも中川先生から伺ったのは、近衛家と中川家が親戚付き合いをしていた、ということだけ。後は奥様から相当位の高いお公家さんらしかったということを。それと近衛秀麿さんが中川家によく来られていたということ。中川先生が音楽に熱中していた学生時代には、近衛さんはもう有名な指揮者であり作曲家となっておられたということで、それで先生のお父様を説き伏せることができたのも、近衛さんが中川先生の後見人として同道すると言われたからだそうよ。近衛さんがおられなかったら、中川先生がいくらお偉くてもそう簡単に次から次へと世界的な音楽家に面会したり、師事したりするのは難しかったんじゃないかしら。」

「ソフィアさんが調べた近衛さんのこともお話しておくわね。

近衞 秀麿(このえ ひでまろ、1898年〈明治31年〉 – 1973年〈昭和48年〉は、日本の指揮者・作曲家。正三位勲三等。元子爵。元貴族院議員。後陽成天皇の男系12世子孫である。

近衛家(このえけ)は、藤原北家の嫡流であり、公家の五摂家の筆頭で、華族の公爵家のひとつ。人臣で最も天皇に近い地位にある家とされる。別称は陽明。。・・・」

「・・・中川先生のことは?」

「中川先生との雑談で知りえたいろいろなことを繋ぎ合わせると、とんでもない結論になりそうなので、さすがのソフィアさんも口を噤んでしまっているようよ。中川先生が望まれない話まではしないで、そっとしておこうと思っているみたい。」

《 「天才と凡人(4)-1」                         

1、「私が中川先生の偉大な特徴(天才性?)として注目していることに、先生の驚くべき人脈がある。」と前回述べたがその人脈作りの方法とは・・・

最大理由は「近衛秀麿氏を後見人として共に洋行されたことである」とのこと。

(そう伺っただけでは納得できず、質問・質問・質問と納得できるまで・・・悪い癖がでた)

もちろん、近衛氏と同行なので世界最高の権威とされている方々から指導を受けられたのであるが。

しかし、本当に重要な話はそこからであった。

①、洋行先で師事されたその世界的権威の先生のもとには、当然世界中から優秀な音楽家が教えを受けるために弟子入りしている。

そこで勉強していた兄弟弟子が有名となり、後に親友や友人となられた方々が世界中におられたらしい。

(ミラノ時代の発声の先生であるチェッキ先生の兄弟弟子としてのマリオ・デル・モナコ氏などの話はよくされていた)        (続く)》

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写真:松村隆太郎氏撮影・「コヒオドシ」ヴェズレイ(フランスにて)・「ハイム蝶百科図鑑」より

 

 

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