ソフィアさんちのチルちゃんと僕(53)~天才と凡人(3)-3~

「あれ?ツマグロヒョウモンちゃん、いつのまにきたのかな」

《3、 例えば、先生のお宅に注文楽譜(一冊)を届けに来られたのは、有名な京都十字屋の会長さんでそのままお部屋で先生と雑談(私も同席)。

先生がお電話中にくしゃみをされると、30分後位に「近くを通りましたので」とその電話の相手、阪大医学部教授が風邪薬を持って来訪。そのままお部屋で雑談、中川先生の奥様の手料理で食事(私も同席)。

先生はご親友松下幸之助氏亡き後も松下電器(当時ナショナルか)の音楽顧問をされていて、私も松下電器中央研究所合唱団の指揮者の方への発声指導を先生から依頼された(杉本知瑛子ピアノ声楽研究所にて数回の指導)。

先生の古くからのご親友であった、(元)慶應全国連合三田会会長:服部禮次郎氏は中川先生のご依頼で急遽「慶友三田会」の創立祝賀会(私が久しぶりにオペラのアリアとリートを歌うと先生に連絡したためか)に来賓としてご出席された。中川先生からの依頼であったと服部会長から伺ったのはそれから4年後であった。

先生のところでいろいろな難題が生じるたびに、先生のご友人方が何も頼まれなくても先生を100%信じて解決のため動かれたことも度々あった。

先生は日本の大学を卒業されておられないので、日本での音楽家の派閥をはじめ人脈(大学同窓会での人脈・派閥)は無いに等しいはずである。「私は日本の音楽学校出身ではありませんから、一人の相談相手も、味方もいなかったんです。まったく一人ですから、正直言って、煙たがられることもありましたよ。」と述懐されている。(『101歳の人生をきく』より)

何も言われたことはないが、さぞ心細い思いや悔しい思いをされてきたことであったろうと思う。》

      写真:宮川直遠氏撮影:(ツマグロヒョウモン「ハイム蝶百科図鑑」より)

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