ソフィアさんちのチルちゃんと僕(41)~天才と凡人~(1)ー3

           《~天才と凡人~(1)-3》

「お兄さんから、学問をするには原書を読まねばならない、と教えられた諭吉さんはびっくりしただろうね。」

「もちろんよ。それまでの勉強で原書といったら漢字文ですものね。急にオランダ語の本を読むのに、すぐさま原書でというのは大変すぎるわよね。

ソフィアさんだって、大学3年から五十嵐喜芳先生に師事した時は、まず楽譜は原書(イタリア系ではリコルディ版)、そして教えていただく曲は暗譜をしていないとレッスンを受けられない、と驚いていたわよ。大学入学と同時に学外の先生にシューベルトを教わっていたので、そのレッスンは原書(ドイツ系でペーター版)だったため、原書という点では大丈夫だったみたいだけれど、初回レッスンですでに暗譜というのには面食らっていたようよ。

そのかわり、楽譜からでは教われないたくさんの技術・知識を、先生がイタリアで高名な先生に教わったのと同じ方法で教えて下さった、と感激していたわ。

福澤先生の書かれた、子供でも読めるようなやさしい『学問のすすめ』や『福翁自伝』でも、今では現代語訳が沢山出ているので、それを読んで、すでに読んだと思っている人の何と多いことかしら。

ソフィアさんへの故服部禮次郎(前全国連合三田会会長・・・)氏からのお手紙で、福澤先生の本を読むときは、現代語訳でなく原書(先生が書かれたままの日本語)で読むべきです。云々とご注意をして頂いていた、と会報に書いてあったわよ。」

「僕、ネコ語とソフィアさんの喋る日本語しか分からない・・・」

 

《3、諭吉は兄の供をしての長崎遊学(1年間)で初めてオランダ語の原書を読む。

「私は、オランダ医学の先生の家に通ったりオランダ語通訳の家に通ったりしてひたすら原書を読んでいた。原書というものは初めて見たのであるが、五十日百日と勉強を続けると、次第に意味がわかるようになる。~」

これが横文字というものを見たことも無かった中津という田舎から出てきた諭吉の、初めての外国語の勉強への取り組み方であった。諭吉は長崎で初めて横文字のabcを習ったのであるが、26文字を習って覚えてしまうまでには3日もかかったそうである。

「けれどもだんだん読んでいくうちにはそれほどでもなくなり、次第次第にやさしくなってきた」

と『福翁自伝』で述べている。

兄の病死により福沢家の当主となり中津に帰っている間のできごとで、私にとっておもしろい逸話が書いてあるのを発見した。》

「ねえ、チルちゃん、おもしろい逸話ってなんだろう?早くきかせてよ!早く、早く!」

(写真:山仲春男氏撮影)

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