ソフィアさんちのチルちゃんと僕(107)~交詢社とシューベルティアーデ③-4~

  《4、 『冬の旅』は、歌としては朗唱風の極めて単純な曲であるともいえるが、それ故にこそこの作品の詩的世界がより明確に意識され、全体としてみればこの曲は高度な統一を持った楽想、いわば内面的なもの・心理的なもの、で統一されている“うたものがたり”と考えられる。

たとえ、シューベルトが意識してもしなくても『冬の旅』はシェリングの「一元論」、つまりロマン主義思想を音楽で表現したものであると考えることができる。

(内容が飛躍してしまった。全24曲の詳細な楽曲分析によりこれらの事実を明確に証明できるがあまりに専門的になるので省略した)

『冬の旅』の楽想の基本は諦念であると考えられるが、それは『冬の旅』全体を楽園幻想を表現した1つの牧歌としてみれば明らかである。幸せな過去と厳しい現実、そして希望の無い未来が繰り返し歌われてゆく『冬の旅』。

ゲーテの言葉を借りて言えば、個々の曲は思うようにならない現実に執着し嘆声を発するような“部分的諦念”であるが、全体を通してみると、凍りついた心の象徴としての『冬の旅』は、最後の「辻音楽師」(Der Leiermann)の存在により現実否定の精神は無くなり、むしろ客観的にさえなっている。

それは無常なものの観察によって、人間として必然的なるもの・永遠なるもの、の確認に至る“全体的諦念”の音楽になると考えることができるのである。》

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「左の写真は“美しき水車小屋の娘”の物語の背景のようね。」

「じゃあ、右の怖そうなお空の写真は“冬の旅”の背景なの?」

「“冬の旅”に出てくる小川やお空は・・・はじめのころは雪の下で固く凍り付いていたり、冬の嵐の中で雷鳴を轟かせたりしているのだけれど・・・最後の頃には凍てついてはいてもきれいな夕陽に輝いている物静かな荒野に変っているわ。そういった自然の変化はシューベルトが描きたかった音楽の本質をあらわしている、ってソフィアさんが言っていたわ。」

「ふうん、“冬の旅”って怖いだけの音楽じゃあないんだね。それなら少しは好きになるかも・・・」

「あ~ら、クーちゃんやっと興味がでてきたの?じゃあ、お話を続けるわね。」

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