天川1)ベートーベンについて~大学時代に綴った小論考(1)・・・13号

「ベートーベンについて」~大学時代に綴った小論考~(一)

■ 1988-9-22                                                              天川 貴之(1991、法卒)

“革命的な音楽”、ベートーベンの音楽を一言で表現すれば、そう言わざるを得ない。

彼以前の音楽といえば典雅で古典的であった。それは洗練された究極の貴族文化を象徴しているようなロココ趣味的なものである。音楽は、貴族のために生まれ、貴族の生活を彩り、貴族に一身を仕える王室のアクセサリーであった。モーツァルトの、あたかもドレスがひらひらと舞うような軽やかで優雅な音楽はその典型である。

そのような時代背景から生まれたベートーベンの音楽はあまりにもラディカルすぎた。

彼の音楽はまるで何かに憑かれたかのような激しい熱情の火花を散らし、何か脅迫めいた所があった。深い心の底から絞り上げるような赤裸々な魂の声、それは魂から魂へとあまりにも直裁に訴えかけられた。

彼の音楽は、当時の上流貴族達にとってどのように映ったであろうか。ある人は優雅さの欠けた下品なものと思ったであろう。またある人は彼の音楽の形式よりも、あまりにも明白な天才性にのみ込まれ、批判の余地なく、ただ茫然としながら拍手を送ったであろう。しかし、大部分の人々は、彼の音楽に対して潜在的な恐れを抱いたのではないかと思う。もし、私がその場に居合わせたとしたならば、何か時代の恐ろしさに対する不安というものを覚えずにはいられなかったであろうと思う。

彼が生まれたのは1770年である。彼はどのような時代の土壌に育まれたのであろうか。

アメリカでは独立戦争が行われ、今までの長かった封建勢力へのやむをえない反抗心と憎しみが声を上げ始めた時代である。当時のドイツは、イギリスやフランスに比べて進歩が遅れ、国家は統一できず、地方領主による根強い封建体制のもとにあった。そのために、まず最も大きな時代の流れの変化を告げる鐘は、フランスで鳴り響いた。それは痛烈で、ラディカルで、残酷なものであった。それまで張りつめてきた封建時代の大きな綱がプツンと切って落とされた。自由、平等、博愛の一大旋風がスタートしたのだ。

1789年フランス革命当時、ベートーベンは19才であって、ボン大学に入学した時期であり、大学内では啓蒙思想がさかんに論じられていた。そもそも内に革命的情熱を持つベートーベンがこれに共鳴をせぬはずがない。彼は、革命思想を訴えるシュナイダー教授に傾倒した。同じ頃、シラーやゲーテの本もむさぼるように読んだ。

ベートーベンの音楽的性格とか思想について論じられる時に、よく彼の育った不遇な家庭環境があげられる。確かにそれらのことが多少の影響をベートーベンに与えていることは否定できないであろう。しかし、そのことは、ベートーベンの残した深刻で悲痛な音楽から類推して、研究家達があまりに誇大に解釈しすぎているのではないかと思う。彼が育った環境は、そんなに強調されるほど貧乏でもなかったし、そう大きな問題があるわけでもなかった。それに、子供というものは、育った環境を当たり前のものとして適応してゆくものであるから、幼少時代にはあまり(相対される)不幸を不幸と感じないものである。この程度の家庭環境なら、ベートーベンは全く不幸感覚を抱かなかったのではないかと推定される。

むしろ子供が不幸感覚を抱くのは、外的なものではなくて、内的な親の愛情である。特に、いつも身近にいる母親の愛情である。この点については、ベートーベンの母親は愛情の細かいやさしい人であったらしく、彼も母を非常に慕っていたようだ。父親にしても、人格者ではないが、普通の人間だったのであろう。今時の教育ママやパパと同じく、自分の利害だけでなく、それ以上に子供への愛情表現の裏返しとして、厳しい練習をベートーベンに押しつけたのであろう。彼の幼少時代は、それなりに幸福なものではなかったのではないだろうか。彼は、今の子供達と同じく「毎日、毎日、勉強しなさい、勉強しなさいと言われて嫌だなあ」とかたまに思いながら、ごく普通の少年時代を送ったと私は解したい。

その証拠に、ベートーベンは、自分で自分の幼少時代を振り返って、「あまりにも不幸だった。」などとは書き残してはいないではないか。それに、ベートーベンは大変なヒューマニストであり、博愛主義者であったが、幼年時代に本当に不幸な環境に育ち、愛情に飢えて育った子供は、決してヒューマニストにはならないと思う。

では、ベートーベンの音楽の思想形成に大きな影響を与えたものとは、いったい何であろうか。私は、それを大きく分けて三つ程に分けてみたいと思う。まず、一つめは、彼の思春期にどういう体験をして、どういう思想に触れたかということである。ルソーの「第二の誕生」ではないが、人間の思想の大部分は16才から26才までの約十年間、特に十代最後の頃に受けた思想や体験や感じたことによって形成されるといっても過言ではない。芸術家が、最も感受性が刺激され、大きく芽生える時期もこの頃であろう。例えば、天才詩人の最高期もこの時期であり、この後、彼は、夭折するか、衰えたものを教養と徳でごまかしてゆくかのいずれかの道を選ばなくてはならなくなるであろう。この大切な時期に、ベートーベンは何を感じ、何に影響されたのであろうか。

それは、ボン大学での自由と平等の革命思想、隣の国フランスでの革命の勃発、民衆の情熱と怒り、英雄ナポレオンの出現…そういう時代の空気であろう。彼の潜在的な心象の内には、封建音楽が破壊され、今まで抑圧されてきた音楽が解放されて、新しい音楽精神が産み落とされるのが聴こえたことであろう。

つづく                                                                                     (天川貴之:JDR総研代表)

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