山根25)交友抄(その四)・・・27号

           交友抄(その四)

山根 昭郎 (1975 法卒)

多摩慶應倶楽部に加入のお誘いを受け、参加させていただくことになったのが、今年の1月でした。

川崎市多摩区に居住して以来、2度の海外勤務、3度の関西勤務を経験した上に仕事が忙しかったことから、地元や近隣での慶應のつながりはほとんどありませんでした。それよりは、それぞれの赴任先で滞在していた期間に、例えばクアラルンプール三田会、バンコク三田会、そして大阪慶應倶楽部に所属したものでした。

2015年7月に長年勤めた会社を退職し、最後の勤務地、大阪を後にして川崎市多摩区の自宅に戻ってきました。しかしこの地元に慶應の卒業生が集う組織があるとはまったく知らぬまま日々を過ごしていたのです。

そんなある日、1月も半ばを過ぎた頃だったでしょうか、全く知らないひとから封書で「川崎麻生三田会・多摩慶応倶楽部合同新年会のご案内」が送られてきました。自宅住所は慶應の事務局から入手されたとのこと、多摩区に在住している卒業生に案内を出しているとの前書きに続き、多摩慶應倶楽部の紹介と新年会の案内がしたためられていました。

そんなことから多摩慶應倶楽部での塾員との交流が始まりました。当倶楽部は、2011年に川崎市麻生区にある麻生慶應倶楽部から独立する形で結成されたとのことです。毎年1月に川崎麻生三田会(旧麻生慶應倶楽部)主催の新年会に参加、7月に多摩慶應倶楽部が親睦会を開催し、そこに川崎麻生三田会幹部も参加し交流を図るとともに、当倶楽部独自の行事を行っているとのことです。会員は約140名程度いるものの、実際に返答があるのはその内50~60名とのことです。

2月10日の合同新年会は、新百合ヶ丘のホテルで開催されました。そこで、卒業生の高桑早生さんによる講演がありました。彼女は、2012年のロンドンパラリンピックで、100mで7位、200mでも7位の成績を収め、2016年のリオパラリンピックでは、走り幅跳び(T44) 5位 / 女子200m(T44) 8位、女子100m(T44) 8位の成績を収めておられ、東京での2020年パラリンピックでの活躍が期待されている選手です。彼女が自分の生い立ちや骨肉腫の発病、そして片足切断の手術を受けることを自分自身の意思で決断したことについて淡々とした口ぶりで話しながらも、一人の少女が負うには重すぎる試練を乗り越え、さらに陸上アスリートとしてどれだけの努力を積み重ねてきたのかが克明に伝わってきて、胸に迫るものがありました。

7月8日に多摩慶應倶楽部の懇親会兼総会が開かれました。ここでは新入会員がひとりひとり自己紹介をしました。もちろん僕もその内のひとりでした。自分と慶應義塾とのつながり、ひととの縁、特に赴任先での交流や現在も続く人間関係について手短に話をしました。

7月24日には当倶楽部からの紹介で、BRBクラブハウスで開催された、経済学部教授 塩澤修平氏による講演『高齢化に対応する社会システムの模索 —「未病」の視点から』を聴きました。これについては次回、くわしく報告をしたいと思っています。

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