万葉の花々(13)~さきくさ1(ミツマタ)~

  

   万葉歌人・柿本人麻呂が詠んだ和歌

春されば まず三枝さきくささきくあれば 後にも逢む な恋ひそ吾妹
(『万葉集』10巻-1895)

現代語訳:春になればまず咲き出す「サキ」クサのように「幸
〔さき〕」く〔つつが無く〕あることが出来たならば、
後にまた会えるのだから、恋しがらないでおくれわが愛しい妻よ。

三枝(さきくさ)という言端の元が「先草(サキクサ)」とも「幸草(サキクサ)」とも とれる表現となっている。

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初春の3月から4月にかけて黄色い花を咲かせることから、「ミツマタの花」は日本においては仲春(啓蟄〔3月6日頃〕から清明の前日〔4月4日頃〕まで)の季語とされている

古代には「サキクサの」という言葉が「つ」という言端(ことば)に係る枕詞とされており、枝が三つに分かれるミツマタは昔は「サキクサ」と呼ばれていたと考えられている。そう名付けられた理由としては、ミツマタはあたかも春を告げるかのごとく一足先に淡い黄色の花を一斉に咲かせるため、それゆえに「先草(サキクサ)」と呼ばれたのだとの考えがある。ただし、他にもミツマタが縁起の良い吉兆の草とされていたため「幸草(サキクサ)」と呼ばれたのだとも言われる。

*ミツマタは、その枝が必ず三叉、すなわち三つに分かれる持ち前があるために「ミツマタ」と名付けられた。三枝三又とも書く。中国語では「結香」(ジエシアン)と称している。

園芸種では、オレンジ色から朱色の花を付けるものもあり、赤花三椏(あかばなみつまた)と称する。

*中国中西部から南部、ヒマラヤの原産。中国、ヒマラヤ、東南アジアに分布する。人の手によって、庭木などとしても植えられ、和紙や紙幣の原料として栽培もされている

*花期は3 – 4月。葉が出る前に、花が球状に集まった黄色の頭花を枝先につけて、下向きに咲かせ甘い芳香を放つ。花には花弁がなく、筒状で先端が4裂した筒がつき、外側に白い細かい毛が密生して、内側が黄色い。果期は7月。冬芽は葉芽、花芽ともに裸芽で、白色の産毛が密生する。花芽は丸く、多数の花蕾が下向きにつく

*樹皮は繊維質が強く、和紙の原料、特に日本紙幣の原料として重要である。和紙はミツマタやコウゾなどの切り株から、約1年で生育する枝の繊維を原料としており、ミツマタで漉いた和紙は、こすれや折り曲げに強い特徴がある。現代の手漉き和紙では、コウゾに次ぐ主要な原料となっている。現代の手漉き鳥の子和紙ふすま紙は、ミツマタを主原料としている。

*平安時代の貴族たちに詠草(えいそう)料紙として愛用された斐紙(雁皮紙、美紙ともいう)の原料である雁皮(ガンピ)も、ミツマタと同じジンチョウゲ科に属する。古い時代には、植物の明確な識別が曖昧で混同することも多かったために、雁皮紙だけでなく、ミツマタを原料とした紙も斐紙(ひし)と総称されて、近世まで文献に紙の原料としてのミツマタという名がなかった。後に植物の知識も増え、製紙技術の高度化により、ガンピとミツマタを識別するようになったとも考えられる。

*「みつまた」が紙の原料として表れる最初の文献は、徳川家康がまだ将軍になる前の(1598年)に、伊豆修善寺にいた製紙工の文左右衛門にミツマタの使用を許可した黒印状である。当時は公用の紙を漉くための原料植物の伐採は、特定の許可を得たもの以外は禁じられていた。

「豆州ニテハ 鳥子草、カンヒ ミツマタハ 何方ニ候トモ 修善寺文左右衛門 ヨリ外ニハ切ルヘカラス」

とある。「カンヒ」は、ガンピのことで、「鳥子草」が何であるかは不明であるが、ミツマタの使用が許可されている。

武蔵の中野島付近で漉いた和唐紙は、このミツマタが主原料であった。佐藤信淵の『草木六部畊種法』には、「三又木の皮は 性の弱きものなるを以て 其の紙の下品なるを なんともすること無し」として、コウゾ(楮)と混合して用いることを勧めている。

明治になって、政府はガンピを使い紙幣を作ることを試みた。ガンピの栽培が困難であるため、栽培が容易なミツマタを原料として研究。明治12年(1879年)、大蔵省印刷局(現・国立印刷局)抄紙部で苛性ソーダ煮熟法を活用することで、日本の紙幣に使用されるようになっている。しかし、生産地の過疎化や農家の高齢化、後継者不足により、2005年度以降は生産量が激減し、2016年の時点で使用量の約9割はネパールや中国から輸入されたものであった。国内では岡山県、徳島県、島根県の3県だけで生産されており、出荷もこの3県の農協に限定された

生産農家の減少などで、ミツマタの価格は2018年に30キログラムあたり9万5400円と過去最高水準まで上昇した(国立印刷局による)。2024年度の新紙幣発行を視野に、耕作放棄地など徳島県山間部でミツマタを新たに栽培する動きもある。

*ミツマタの花言葉:「肉親の絆」「意外な思い」

写真:山仲春男氏撮影「ミツマタの花を求めて」

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*さきくさ(三枝)は枝が3つに分かれている植物のことだといわれ、みつまた(三椏・三叉)・山百合・笹百合・沈丁花・山牛蒡(やまごぼう)・三つ葉などがその候補にあげられている。

次回は「さきくさ(笹百合)」について述べる。

ソフィア     +282

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