杉本30 )音楽への道を勧められた恩師からの贈呈品・・・会員便り
〔会員便り〕
「音楽への道を勧められた恩師からのご贈呈品」
杉本 知瑛子(平成9、文・美卒)
あれは確か私が22歳の夏の頃であった。4年ほど勤めた銀行を辞め、多分お見合いをして結婚するであろう僅かなそれまでの間、自分の好きなことをしてみたいと大阪・梅田にあった大阪芸大付属のモーツアルトサロンという所で、それまで習いたかった声楽のレッスンを受けた。
その時、そこにおられた先生から強く音大受験を勧められたのである。先生は天真爛漫でお気楽そうで、「受験勉強などしていなくても大丈夫。秋に開催される大学の受験講座を受けてどんな試験があるか確認すれば大丈夫」と太鼓判?を押してくださった。結果、講座受講後の3ヶ月間は未体験の聴音の書き取り練習に冷や汗を流し、音楽通論を全部覚え、ピアノ練習で肩を凝らした。
ご紹介を受けた大阪芸大の先生(浅野貞子助教授)には翌年2回声楽のレッスンを受けることができただけで、先生は「面接では私に2年間師事していたことにしてください。聴音だけは私の受験生と一緒に1ヶ月勉強して書き方の注意点を覚えるように、それ以外はできているので改めてレッスンを受ける必要はないでしょう」ということで、お気楽な受験となり一般入試で合格してしまった。
当時の大阪芸大は、大橋国一、五十嵐喜芳、諸井誠(作曲)など著名な教授陣を揃え勉強には最高の体制が敷かれてあった。同期の新入生も東京芸大の音高出身者や他大学出身者などもいたようで、この最初の先生の楽天さが無ければ、私は決して音楽の道に足を踏み入れようなどとは思わなかったであろうことは確かである。
(その後、私は大阪芸大2年次より武蔵野音大の森敏孝氏=東京二期会の主役級歌手=に師事。
3年次より担当教授を変更され、伊系:五十嵐喜芳、独系:大橋国一、の各教授に師事することとなった。大阪芸大を卒業した年には、難関といわれていたNHK洋楽オーディション=声楽の部にも合格し、音楽の道にどっぷりとはまり込むこととなってしまったのである。)
最初私に音大(大阪芸大)受験を強く勧められたその先生が、私の大学入学一年後に大阪芸大の講師となって来られた中納俊夫先生である。
その後、大阪芸大の教授を辞められてからは悠々自適のご生活と拝察させて頂いていたが、今年喜寿を迎えられ、記念にとご自身のCDを発売されたそうで私のところへも送ってくださった。
私の記憶に残っている先生のお声は、ご自身のリサイタルで(もちろんお若いときの)トスティの「Segreto」(秘めごと)を歌われた時の甘く切ない心に染み入る透明な声の響きであった。
(くやしいけれど、当時いくら頑張ってもあの時の先生の甘く切なく澄み切った声の響きには、いつまでたっても太刀打ちできなかったものである)
しかし、それから40年後の今、先生から送られてきたものは「落語オペレッタ」のCDセットであった。驚いた!
落語家が音符の付いた落語を歌ったり喋ったりするのか、オペラ歌手(声楽家)が音符の付いた落語をうたうのか?作曲された方はどのような効果を想定されて作曲されたのか?
日本の民謡や狂言などを取り入れた現代日本歌曲はよく見かけるが、物凄く歌いづらいものである。
オペラは体力のある若い方のほうが有利なのだが、落語はなんとなく年配の落語家の方が上手のようで聴きやすそうである。
“今回の録音は大変にすばらしいものとなりました”との先生からのコメントもある。
ならば、喜寿となられた先生はどのように演奏?演じておられるのか、喜寿のお祝いを贈ってから、興味津々、懐かしく拝聴させて頂いた。
CDに付いていた作曲家(嵐野 英彦)と作詞者(稲本 幸男)の方々のコメントのご紹介で、この落語オペレッタにご興味を持っておられる方々へのご案内とさせて頂きます。
(杉本 知瑛子)
“~今回のCD制作はそれぞれ歌い込まれたものから三作品で構成されています。ネタはいずれも上方落語でモノ・オペラ様式の「じごくのそうべぇ」「おまんこわい」それと女声一人加わる「ゆうれい女房」です。日本語により歌曲作曲は共通語のイントネーションによるものが常識ですが、そろそろそれに飽きて今までと異なる旋律線を書きたい欲求は関西のイントネーションにヒントを求めました。~
~中納さんは高座の噺家とは別の多彩な歌唱法によって数多くの登場人物を鮮やかに演じ分けています。
~今回の演奏、ピアノパートは三曲とも奥様が担当される由、「キンヒツアイワ」を絵に描いたような素敵なアンサンブルを聴かせてくれるでしょう。
~どうぞ健康に留意され、音楽生活をエンジョイされることを祈念しております。”
(嵐野 英彦)
“~上方落語をネタに、大阪弁でオペラを唄う「落語オペレッタ」なんていうと、キワモノ狙いのゲテモノかと思われそうだが、音楽大学で教鞭をとる、れっきとした作曲家と声楽家が各々真剣に作曲し、歌うのである。だから面白い。まぁ面白いかどうかは、聴いていただいた方に判断して頂くのが筋道だろう。
~何よりこのオペラの魅力は、ピアノと座布団さえあれば、どこでも上演できるところにある。まことに大阪的で経済的な、上方オペラなのである。”
(稲本 幸男)