白石3)小話「エンマ様の舌」・・・(24号)

(3)小話「エンマ様の舌」        白石 常介(1981、商卒)

大自然の懐に囲まれ、聞こえてくるのは静かな風のセレナーデ。山からは心地よい風がそよそよと優しく吹き下ろして木々を眠らせ、ふもとでは生まれたばかりの白無垢の水がキラキラと息吹の光を放ちサラサラと音を奏でていた。
この静かな静かな山村、そば屋も当然あるわけではなく、たぬきさんもきつねさんもドンブリの中で自殺することもないのどかなこの村に、ひとりの若者が住んでいた。そっ、そうなんです、とっ、とんでもない若者が・・・。
この者、余太郎といい、まさかり担いだ金太郎の叔父の孫のそのまたひ孫の赤の他人。ずる賢く口達者でうそばっかりつき、野良仕事もせず毎日毎日遊び呆けていた。

ある日のこと。
「ありゃ~っ、昨日の大雨で東の川が怒り狂って山みてえな大水が勢いよく押し寄せて
来よるぞ~っ。はよう逃げなあかんで~っ、はよう、はよう!」
それを聞いた村人たち。さあ大変、腰を抜かす暇もないほどぶったまげ、一目散に川と反対の方へ走るように転がって、いや、転がるように走って逃げた。その光景を横目で見ていた余太郎。もうおかしくておかしくて、腹筋はけいれんするわ、アゴは外れかかるわ、それだけで一日の運動量を消耗してしまったんだと。
もっとも、どこでもそうであるが中にはへそ曲がりもおり「おっ、こりゃラッキー。こんな山奥で波乗りができるなんてよぉ。けど厚手の麦わら帽に乗っかっても沈まねえかなぁ?そうだ、ちっと重いから靴下くれえは脱ぐか」なんてのん気なことを言っている者も中にはいたが。

しかし、余太郎のこんな悪事がしょっちゅう続くわけがない。数々の悪行がたたり、ある日、余太郎はぽっくりと死んでしまった。
さ~あ大変。生前悪いことばかりしてきたため、三途の川の怖そうな門番より地獄一
丁目行きのノンストップ切符を無理やり渡され、とうとうエンマ様の裁きを受けることに。本人は各駅停車に乗り込み、無人駅でさっさとおさらばしたかったようであるが・・・。

このエンヤコラのエンマ様も相当意地が悪い。何も知らないふりをして余太郎に尋ねてみた。
「なあ、おまえ、生前はどんなことをしてきたのだ?」
「エ、エ、エンマ様、わ、わては、いや、私は、生前良いことのみをしてきましただ」
「そうか、では尋ねる。あのとき“川が怒り狂って”と、うそをついて村人をだました
のは良いことであったというのか?」
「そっ、そうなんです、遭~難です。皆の者が吹雪で遭難するといけねえので、いや、
実は、あんときそれはそれは大きなマンモスが村にやって来て踏みつけられそうになっ
たんで、村人が逃げ出さなければ大変なことになると思い、理由は何でもいいからみん
なの安全を願って大声を上げて逃がしてやったんでさ」
「ほほうっ、マンモスね・・・時代考証係り、ここへ参れ~っ」
「へいい~っ、私がその係りの孔子要です」
「そなたの名前は孔子要か。そうかそうか、それではこうしよう、何ちゃって。ウォッホン、え~っ、では尋ねる。マンモスはいつの時代に存在したのだ?」
「むか~し昔の大昔のことです。今は既に絶滅してしまっています。もっともその名残
はいまだにありますが・・・」
「ほお~っ、それはどこにあるのじゃ?」
「ここにございまする。もっとも現在はマンモスの鼻の先の一部のみですが」
「アホッ、自分の股間を指さすな、股間を。もう下がってよい。ここにはアホな係りも
おるが気にすることはない。それよりおまえはここに来てまでも、うそ八百を並べてよ
くもしゃあしゃあと。お前の悪行はすべてお見通しだ。金輪際うそが言えぬようにして
やる」
かわいい看護師さんたちに両腕を抱かれ、何てことはまったくなく、ヒゲ面(づら)の若い衆に引っ立てられ、余太郎はとうとう舌を引き抜かれてしまった。

これで一件落着。もう余太郎はうそをつくことができなくなってしまったんだと、めでたし、めでたし・・・とはいかないのがこの話の面白いところなんです。
ここだけの話、余太郎にはとんでもない特技が、いや、性質が、いや、何といったらよいのか、余太郎の舌はトカゲのしっぽよろしくニョキニョキ生えてくるのでした。

しばらくすると地獄かいわいでは、またまたうそばかりついては人(?)を困らせる者が現れ、地獄組捜査一課総出で捜索したところ、何と、あの余太郎であることが判明。再び捕えられ、エンマ様の御前へ。
「おいっ、おまえはとうの昔に舌を引っこ抜かれたのではなかったか?」
「へいっ、そのようで」
「何がそのようでだ。こいつめ、もう一度引っこ抜いてしまえ」

しかし幾度引っこ抜かれてもまたニョキニョキッと舌が生えてくるではないか。またまた捕えられてエンマ様にお目通り。
「おいっ、おまえの舌はどうなっているのだ? 何でまた生えてくるんだ?」
「へいっ、この抜かれた舌は仙台の牛タンどころじゃあなく超超珍しいってんで高(た
け)~え値で売れましたんで、しこたまもうけてうんめえもんを腹いっぺえ食べたら、
また舌が雨後のたけのこみてえに生えてきたんでさぁ。でも、一度にいっぺえ生えると
口で息ができなくなってしまうんで、TongueS、いや、舌Sの野郎どもに説教してやっ
たところなんで。まあ、自分にもその理由は分からねえんですが、へえ」
「そうかそうか、それはいいことを聞いた。“おいっ、余太郎に座布団一枚”、いや、そ
れなら俺の舌だったら名前も超売れてるし、もっともっと高値で取り引きできる。よ~
しっ、余太郎、すぐ俺の舌を抜いてくれ。俺もしこたまもうけてやるからな」
「えっ、このわしでようがすか? そうだすか。へい~っ、わかり申した、ガッテン。
それではあの有名なエンマ様の超高価な舌を引き抜きますよ、せぇの~っ、それっ・・・」
“プチッ”

それ以来エンマ様はというと、お裁きが何もできなくなったばかりか、でかい態度も取れなくなってしまったんだと。
さあ、地獄の一丁目にようこそ。そりゃ楽しいよ。無口のプチ・エンマどんも飾ってあるし・・・。

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