塩野1) 日本の現況と日本の未来・・・(36号) 

 2015年6月発行の「香料」266号 夏号の巻頭雑感「この道はいつか来た道」に、私がデフレ経済の中で消費増税を行うと昭和恐慌のような不況になるので、 「今必要なことは歴史に学ぶこと、過去の失敗を繰り返さないようにしてほしい。」と記しました。諭吉倶楽部20号でも「消費増税と日本経済」として掲載しましたが、コロナ禍の中、今後の日本の未来を見通すうえで、ご参考になると思いましたので、警鐘の意味も込めて今回の会報に改めて掲載します。
                                                
現在の日本は、デフレ経済で大正と昭和初期の事象と共通点が多い。1986(昭和61)年11月から4年3ケ月続いたバブル経済は、大正時代にもあった。第一次世界大戦(以下第一次大戦と呼ぶ)中の大幅な輸出増加の影響で景気が過熱気味となった1919(大正8)年と翌年の状況は、まさに大正バブルであった。 
1920(大正 9)年、日本は、バブル的好景気から一転して不況に陥り、1931(昭和 6)年までの 12 年間は長いデフレの時代でした。この間卸売物価は、累計で 55 %の下落、消費者物価は、1922(大正11) 年以降10年間で累計43 %の下落となった。 
第一次大戦後の大正バブルで発生した過剰投資が、需給バランスを崩し、その後の日本経済を不況へと向かわせた。さらに悪いことに1923(大正12)年9月に発生した関東大震災の被害総額は、日本のGDPの約4割となる55~65億円の巨額となった。これに関連し発生した負債が金融恐慌の引き金になった。 
1927(昭和2)年には台湾銀行の営業停止を契機として大規模な取り付け騒ぎが発生。昭和金融恐慌となって、高橋是清蔵相は、3週間の支払猶予措置を実施。全国的な金融パニックを収拾するために紙幣を増刷し、金融恐慌を沈静化させた。 
長く続いた不景気・デフレ経済の時代には国全体が委縮し、デフレ経済にもかかわらず、国の財政健全化のために「緊縮財政」を優先すべき政策と考え実行した。1930(昭和5)年は国債を発行しない超緊縮予算で公務員給料の引き下げも実施された。デフレ下での緊縮財政の実施で昭和恐慌への道を歩むことになった。 
1931(昭和6)年12月、再登板した高橋是清蔵相は、大量の国債発行による積極財政による経済の活性化を図った。1931(昭和6)年~1936(昭和11)年になると国債発行残高の増加は止まり減少に転じた。それにより、日本は最も早く世界大恐慌から立ち直ることができた。 
以上のことから、不況下で政府の借金が増えても、大量の国債発行で景気を回復させれば実質的に借金は減ることが分かる。デフレ経済に共通の特色は、その期間が長く続くことである。平成の不況では、まず株価や地価という資産価格の下落によってバランスシート問題が浮かび上がり懸念事項となった。そして物価下落が続くと広く企業や個人にも影響を与える。借入金の負担が当初以上に実質的に重くなるので、多くの企業や個人は、まず借入金の返済を優先しようとする。したがって前向きな投資や消費は後回しになり縮小がちになる。そして、一旦その仕組みが定着してしまうと、そこから抜け出すことは容易ではない。 
デフレ経済で歳出削減や増税などの緊縮財政を選択することは、歴史を振り返れば極めて危険と感じる。2014(平成26)年4月の消費増税、景気の低迷の影響で、10%への増税を1年半延期されたものの、2017(平成29)年4月1日から10%への増税が予定されている。デフレ下での増税で国の経済が改善された例はないと聞く。2年後にデフレ脱出しているかはなはだ疑問である。 歴史は繰り返すと言われるので現実のものとなると恐ろしい。当時の歴史をしっかり学んでもっとよく研究していたら、バブルとその崩壊による経済の混乱を回避することも可能だったのではないだろうか。今必要なことは歴史に学ぶことである。過去の失敗を繰り返すことのないようにしてほしい。 (2015年5月28日記)

 30年前には世界第2位の経済大国と言われた日本が、「失われた20年」と言われ、今やその栄光は見る影もない。橋本内閣時に、プライマリ―バランス(財政健全化)を図ることが当時の大蔵省の一番の大目標に掲げられ、それを忠実に掲げてきた日本は、GDPが成長せず、中国に追い抜かれて久しい。中国は、日本のやり方を反面教師に、高等教育に力を入れ、特に大学教育に国費を投入し、大規模な公共投資や鉄鋼・造船・電子産業の発展にも注力し経済発展を遂げ、さらにコロナ禍の今年は世界各国がマイナス成長の予想が出ていますが、中国のみ2.5%経済成長の予想がされています。一方、日本は2020年5~6%マイナス成長の見込みです。
現在、世界で新型コロナウイルスの感染拡大が進んでいます。11月17日現在、世界の感染者で5,564万人、死者134万人、日本の感染者121,249人、死者1,919人となっています。約100年前の1918~1920年の約3年間スペインかぜが流行しました。世界の感染者約5億人、死者約5,000万人にもおよび、日本の感染者数2,380万人、死者39~45万人でした。 
その頃と今の日本の状況は、大変似ています。スペインかぜの流行が沈静化した3年後の1923(大正12)年9月1日にM7.9の関東地震が発生しました。1924(大正13)年1月15日にM7.3の丹沢地震、1925(大正14)年5月23日にM6.8の北但馬地震、その後もM6~8の程度の大地震が2020(令和2)年6月25日のM6.1の千葉県東方沖地震まで約200の地震が発生しています。
最近では、火山活動も活発です。2014年9月の死者・行方不明者63人に上る戦後最悪の火山犠牲者を出した御嶽山噴火、2015年5月の口永良部島の新岳、6月に浅間山、箱根山(大涌谷)が噴火、桜島、阿蘇山、草津白根山、蔵王山、吾妻山の活発化など日本列島各地で火山の活動期に入ったようです。そして南海トラフ地震、東南海トラフ地震、首都直下型地震が近い時期に発生する可能性が大きいのです。できる備えは、各自家庭で、職場でも万全にしておかなければなりません。備えあれば憂いなしです。

    1918~1920スペインかぜ         2020~ 新型コロナウイルス 11/17
感染者  世界 5億人 日本2,380万人      世界5564万人  日本121,249人
死者   世界1,700~5,000万人 日本39~45万人  世界134万人   日本 1,919人
人口   世界18~19億人 日本5,500万人     世界77.95億人  日本12,588万人 

    塩 野 秀作(76、商学部 卒:大阪慶應倶楽部副会長:塩野香料㈱ 代表取締役社長)

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