奥村16)私の好きな諭吉の文章16)・・・38号

          「私の好きな諭吉の文章」(16) 

奥村一彦(80年経済卒)

 

福澤の国体論(国家論)

この間、数回にわたり、福澤の「国体」論を取り上げましたが、『文明論の概略』の当該箇所を含め、前後を読むほどに福澤の思考の深さに驚くばかりでした。

1 福澤の「物を集めて之を全ふし他の物と区別すべき形を云ふなり」(『概略』巻之一 第二章。33頁)という定義は、美濃部達吉の「第一に国家は一つの団体である。団体とは簡単に言えば共同の目的を持ってする多人数の結合なりということが出来ます。」(『憲法講話』岩波文庫25頁)という団体の定義と矛盾しないし、かなり親近性があります。相違点は、福澤は人々が集まる理由を、人種、宗旨、言語、地理、懐古の情がそれぞれ一部を満たしながら共通に持っている場合としますが、美濃部は、このあたりがドイツ的というのでしょうか、人は「目的」で集合するといいます。そして美濃部は国家という団体の特色を「第一 国家は地域団体であること、第二 国家は統治団体であること、第三 国家は最高の権力を有する団体であること」と特徴づけます。さらに最高権力性の説明の部分で、英国の植民地となっているオーストラリア、カナダ、南アフリカのように、憲法を有し、国会を有し、内閣も裁判所もある国でも、英国の権力の下に服している状態は国家とは言えないとします。

美濃部の説明はドイツの先進的な公法から学んだだけあって、相当頑丈に証明が進められていますが、究極的には福澤と同旨と言って良いと思います。福澤は「国体の存亡は其の国人の政権を失ふと失わざるに在るものなり。」(『概略』34頁)と定義づけます。

少し脇道に入りますが、美濃部が影響を受けたドイツの公法論では国家の形成には人は「目的」で集まるといいます。無論、誰一人例外なくドイツ国家のために集合したという前提は大変力強く聞こえますが、実際は福澤の言うように人が集合する理由は、同じ自然環境の中にいる、言語的共通性がある、共通の歴史の思い出を共有している、などでしょう。可なり緩い親近性とでも言った方が当たっている様に思います。一方、ドイツで言う「目的」は大変おもしろいもので、刑法でも故意を定義づけるとき「行為の目的」の有無ということを勉強した思い出があります。しかし、目的のない行為による犯罪もあり、絶対的定義ではなくなっていますが、かのドイツという国は人間を強い意思の動物というとらえ方をするものだなと思わせます。

2 以上のように見てくると、福澤の国体の定義は、当時の世界的な国家論と比肩する普遍的定義であったと言うことが出来ます。つまり世界水準であったということです。

さらに福澤の定義が非常に優れているのは、国家という枠の中で、政統(正当な支配力とでも解釈して良いと思います。)が成立するためには、腕力で政権を獲得した者は、その後必ず「我権を有するは理の為なり・・次第に腕力を棄てて道理に依頼せざる者なし」と、理や道理が政統の根拠となると言い、その政統とは「即ち其国に行われて普く人民の許す政治の本筋という云うことなり」として、究極的には政統は「人民の許す」ことに依拠するという権力の成り立つ本質的内容を示したことです。そこから人民の智徳が増進することこそが政権を失わせない方策であり、よって国体は文明に依頼して「価を増す」(『概略』43頁)ものであるという結論を導きます。

ですから、とにかく1日でも早く人々が文明化することが国体を保つ要訣であると『概略』は力説する本になっていることです。この結論は、武力を買い込むことが国力を増すことでもなければ、一部の者だけの智徳が前進すればいいというものではなく、日本人全員の智徳の増進を対象にするところがずば抜けてすばらしいのです。ややもすると指導的立場にある人は、国民の知力が進まないのにいらついて少数エリート主義に陥り、いずれ加藤弘之のように弱肉強食の世界では強い者が政権を担当して弱者を指導すれば良いなどとの発想に落ちてしまい、国会開設論にも時期尚早を唱えるようになり、結局、旧身分の武士より下位の者は愚民であるという思考を露呈してしまったのです。それに比べて、福澤はおそらくパースペクティヴも長いスパンをもっており、100年先まで見通す力量で『概略』を執筆したに違いありません。確かに福澤も愚民という言葉はあちこちで使っていますが、それはいわば文飾といいますか、物事をわかりやすく比較を用いて説明するときに登場するだけで、具体的に愚民なる層があるとは言っていません。そうでなければ国会を開設してはやく議論に慣れるように言ったりしません。最後まで人民を信じていたのです。

3 『概略』については、まだ第二章のところで行ったり来たりを繰り返しております。次は第三章に突入したいと思います。何せ全文これ意味のある文章ですから、たとえ一文でも読み飛ばせないのです。

(続く)

(奥村一彦:弁護士)

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