シューベルト~その深遠なる歌曲の世界4ー④~・(39号)

 「Schubert~その深遠なる歌曲の世界~」(4-4)

                   杉本知瑛子(97、文・美(音楽)卒) 

~前回『冬の旅』(4-3)からの続きです。~

 

第23曲『幻の太陽』(Die Nebensonnen)

ここでは、主人公は過去に持っていた3つの太陽を想い、最もすばらしい2つの太陽が沈んでしまった現実を想っている。しかし、もう過去に執着していない。

“Im Dunkeln wird mir wohler sein”     (闇の中にいる方が、私はよほど快いだろう。)

この言葉を、主人公は悲しみの中で歌ってはいない。Adur(イ長調)のコラール風な柔らかい穏かな響きの中で歌っているのである。

テンポもNichit zu langsam(ゆったりしすぎない)であり、この曲には悲しみも弱々しさも入ってはいない。

主人公は、穏かな和音の響きの中で過去の3つの太陽を想い、死の暗闇の中にいる自分を想っている。Adurの、この穏かな和音の響きを持つ、この音楽そのものが主人公の行き着く諦念の響きであり、そしてこの曲の場合、それはまた死への想念でもある、と考えられる。

ここでは、諦念はまだ客観的なものにはなっていないが、少なくとも主情的な執念や過去への執着からは、解放されているのである。それが、この曲の持つ安らぎと明るさなのである。

6)間奏・前奏の扱い方

◎歩みを表現・・・・・第1曲・第20曲

◎はためく風見を表現・・・第2曲

◎木々が風に揺れている情景・・・第5曲

◎鬼火がゆらめく様子・・・第9曲

◎春の雰囲気を描写・・・第11曲

◎鶏の鳴き声を表現・・・第11曲

◎郵便馬車の蹄(ひづめ)の音を表現・・・第13曲

◎カラスがつきまとっている様子・・・第15曲

◎木の葉の落ちる様子・・・第16曲

◎犬の鎖の音・・・第17曲

◎竪琴の音・・・第24曲

主としてこれらは情景を描写しているのであるが、それだけでなくその情景と重ねて、主人公の心的情景をも表現している、と考えるべきであろう。

はためく風見は恋人の心のようであり、郵便馬車の蹄の音は恋人からの便りを待っている時の、高鳴る心臓の音なのである。

7)和声

◎調子記号・・・♭(フラット)系の調子記号13曲、♯(シャープ)系の調子記号13曲。

この内4曲は、♭系→♯系への転調。(♯系→♭系への転調はない。)

◎転調・・・どの曲も転調は頻繁に使われている。

確定的転調だけでなく、一時的な転調が極めて多い。中には調性が分からなくなるほどの転調、例えば1小節ごとに変化するようなものまである。

不安定な調性がこの曲の音楽性を支えているともいえるが、詩の内容を表現するのに決して不自然ではない使い方である。

8)牧歌思想の影響

第5曲『菩提樹』(『Der Lindenbaum』)は、1曲だけ取り出すとこれは簡素な牧歌となる。ミューラーの詩は、最初の2詩節が幸福であった過去を、第3節と第5節が、冬の夜に菩提樹のそばを通ってゆく現在のことであるさすらいを、第4節と第6節が未来のこと、いずれこの場所で見出すかもしれない墓場の休息を書いている。

シューベルトは最初の2詩節と第3、第4節を、それぞれ一つの音楽部分に纏めるとともに、最終詩節を反復している。シューベルトは対立するものをその深みにおいて示し、それを総合して作品の統一性を形作っている。

前奏の、菩提樹のざわめきを思わせる16分音符3連音の動きと、民謡調の簡素なリート旋律だけでも、そこでは幸せな昔を想う悲しげな追憶が表現されている。主人公の不幸な現在が背景として、そこにあるのである。

第2部分は第1部分の変奏であるが、それまでのE durに代わるe mollが、深夜のさすらいを示している。第3部分は、短調部分と動きのあるピアノ伴奏をさらにすすめ、昔の想い出との主要な対照を形作り、ドラマティックな歌の旋律型、不協和音、半音階を用いている。最終部分は第1部分の歌が再び現れるが、伴奏音型は異なり、その旋律は以前とは違った、同時に対照的でもある性格を、つまり昔の幸福の回想のかわりに最後の休息を想像した不安を示している。

このようにシューベルトは、牧歌思想の楽園幻想を音楽として創ったのである。

9)対比

シューベルトは、リート的(歌曲的)、レチタティーヴォ的(会話のような歌部分)、アリオーソ的(アリア=叙情的独唱曲、のような)、な歌を単に並べるだけでなく、コントラストをつけるための部分として、それらを通作的に形成された形式全体の中で使用している。

第3曲『凍った涙』(『Gefrorne Traenen』)に見られる一様性と表現力豊な朗唱(レチタティーヴォ)を、意識的な対照としている点。第8曲『回顧』(『Rueckblick』)に見られるレチタティーヴォ的旋律とリート的旋律の対比(旋律の対比だけでなく転調も使用されている)。

同じような例が第11曲『春の夢』(『Fruehlingstraum』)、第16曲『最後の希望』(『Letzte Hoffnung』)などでも見ることが出来る。

10 )反復

第24曲『辻音楽師』(Der Leiermann)では、民衆音楽が象徴として利用されている。動きが無く変わらないバスの響きのドローン、それに旋律の短調さとリズムやハンドルを回す動機の機械的な進行、これら全てが一緒になって辻音楽師の希望のない人生の果てと、主人公の辻音楽師への気持ちを象徴している。

弾いているのは手回しオルガン(ドレーオルゲル)ではなく、ドレーライアー、またはラートライアーである。この楽器は中世以来民主音楽の中で、特に乞食楽師によっていき続けてきたものである。

シューベルトは、また、よくゲーテの竪琴弾きに自分自身を例えて考えていたが、この辻音楽師も、そこに自分の姿を重ね合わせていたと考えるのは妥当であろう。

シューベルトは、ここに歌とピアノの断片的な連鎖の反復を使用している。

反復という手法は一般的に、絶頂と爆発とに通じる盛り上がりに結びついているものである。

例:『糸を紡ぐグレーチェン』(Gretchen am Spinnrade D.118)

しかし、『冬の旅』第20曲『道しるべ』における反復も、第24曲『辻音楽師』における反復も、そこにあるのは感情の爆発ではなく、諦念のみである。

シューベルトは反復という手法で諦念という感情の凝縮を表現したのである。

全体の構成

◎通作歌曲形式が大変に多い。(24曲中18曲)

◎メロディーは、民謡風な4曲以外は全て朗唱(レチタティーヴォ)風である。

◎伴奏では歩みを示す音型が多く使用され、自然や情景の描写などピアノ伴奏部分は、歌曲の大変重要な部分となっている。

また、伴奏部分の情景描写はその情景と重ねて、同時に主人公の心的情景をも表現している、と考えられるところが多く見られた。

◎どの曲も転調が頻繁に使われていた。

これらの転調は、詩の内容を表現するのに極めて自然に使われている。この不安定な調性がシューベルトの音楽的特徴の一つであり、それがこの曲の音楽性を支えているともいえる。

◎多くの象徴的手法により、この曲をより物語的に扱っている。つまり、『冬の旅』の文学的内容に重点を置いていると考えられる。

また、反復的手法を用いて感情の凝縮を音楽で表現している。

◎歌詞は同時代の詩人ミューラーによる田園詩からとっている。

それは、幸せな過去と苦悩に満ちた現在、そして希望のない未来、が、繰り返し歌われてゆく楽園幻想を表現した一つの牧歌であり、全体を統一するテーマは諦念という観念である、と考えられる。

~続く~

(杉本知瑛子:元声楽研究家:杉本知瑛子ピアノ声楽研究所)

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