シューベルト~その深遠なる歌曲の世界~2-①・・・(27号)

杉本知瑛子(97、文・美(音楽)卒)

昔、私がまだ高校生の頃、シューベルトといえば「子守唄」や「のばら」や「菩提樹」(学校教科書に掲載されていた、全曲ではなく曲の最初から三分の一程度の曲)位しか知らなかった頃、たまたま『美しき水車小屋の娘』という歌曲集を手にした。当然それは日本版(全音楽譜出版)であり、日本語の歌詞で簡単な伴奏譜の曲は伴奏も付けて歌っていた。
その頃私の声はきれいなソプラノではなく、歌うのが好きというだけの欠点だらけの悪声だったので、楽譜は練習用にと無難な中声用(メゾソプラノ・バリトン用)を購入していた。
その歌曲集は歌で物語を織り成している20曲からなる歌曲集であった。内容は、まるで少年少女向けの童話のように悲しくも美しい恋物語であり、一見どの曲もひどく難しいものではなく小学生でも歌えるような曲まであった。まるで私の持つシューベルトのイメージそのままに、素朴で清らかで美しい曲が多かったのである。(解説書などでは、“4年後にできた『冬の旅』よりも器楽的要素が多く声の技術が難しい”となっていたが・・・)
歌だけでなく伴奏部分も物語の情景や主人公の心を象徴するような音楽となっている、この童話のような「うたものがたり」を歌い終えると、次にこの続編ともいえるような『冬の旅』とシューベルトが意図した曲集ではなく彼の死後編纂され出版された歌曲集『白鳥の歌』の2冊も購入した。

下記はその内の一冊『冬の旅』の序文である。
《『冬の旅』の持っている世界を歌い上げることは、至難のわざである。同じ詩人の手による『美しき水車小屋の少女』のほうが、声楽的な技巧からいえば難しい箇所が多いのであるが、『冬の旅』は、その内的な沈潜と、激しい情熱の燃焼力とのバランスが、歌手の声だけの技巧以上のものを要求するからである。しかし声楽芸術の中でこれほどに人間の深淵をのぞかせてくれた作品はない。絶望と希望がいつも交わり合って、そして人間を非情の世界へ突き落としてゆく。この曲が書かれた時、シューベルトを最もよく理解していたはずの友達でさえ、あまりの壮絶さに途方にくれ、わずかに「5番目の“菩提樹”だけがよかった」と答えたそうである。
この歌曲は、1曲1曲が一つの心象風景をえがき、より主観的になっていて、『水車小屋の少女』のような物語性はなく、1827年、すなわち彼の死の前の年に書かれている。そして2月と12月に二度に分けて出された。この詩人ヴィルヘルム・ミューラーは当時田園詩人として知られ、歌謡的な味わいと素朴な味わいを持っている。そしてこの素朴な詩の中から、このような壮絶ともいうべき歌曲を書き上げたシューベルトの力をいまさらながら感じずにはいられない。(著:畑中良輔)》

声楽曲集というより文学作品の解説のような印象の序文に感動を受けた。
『冬の旅』は『美しき水車小屋の娘』の続編のようなものといわれていても、童話のような作品とは全く違ったものであり、高校生が好むような歌ではなかった。そして『白鳥の歌』は各曲すばらしいのであるが、やはり高校生には手が付けられない難易度の高いものであった。
この3冊は私の家の書棚で静かな眠りについた。

目覚めたのは大学に入ってしまった時。
大学では普通一年次にはイタリア古典歌曲を勉強する。ドイツリートは2年次である。
オペラは3年以後、それで大学外の先生にシューベルトを教わることにした。
教材はペーター版『シューベルト アルバム 第1巻(ソプラノ・テノール用)』で、260ページもある原典版である。
シューベルトの原典版の楽譜は全て(ソプラノ・テノール)用となっている。
この第一巻には、前述の『美しき水車小屋の娘』『冬の旅』『白鳥の歌』の歌曲集と『魔王』『糸を紡ぐグレートヒェン』『野ばら』『鱒』『アヴェ マリア』『楽に寄す』等のポピュラーな名曲が34曲、全92曲が入っている。
一年次が終った段階で、東京二期会所属歌手,森敏孝先生(武蔵野音大)に師事することになったので、シューベルトの勉強はストップとした。(未着手曲は約10曲程度なのでまあ満足して終了)

シューベルトを原典版で勉強する前、遊び半分ではあったが殆ど歌ったことがある曲が収録されていたペーター版の楽譜での勉強を一から始めだしたとき、当初相当な違和感を覚えたのである。
それまで親しんできたメゾソプラノ(バリトン)用からソプラノ(テノール)用の楽譜に代わると、曲の雰囲気が全く変ってしまう作品があったのである。
『美しき水車小屋の娘』の主人公の少年は、原典版ではより溌剌とした若者として登場するし、『冬の旅』の主人公もまた、それまでの印象であった観念的な世界より人間的な世界で生きている、生身の人間の苦悶を歌う存在となったのである。
ピアノは平均律調律で移調による音の変化は高低差のみのはずである。曲の持つ雰囲気が変るのは私の発声技術が未熟なためか・・・と思っていた。

移調奏についての疑問は以後もいろいろあった。
大学の3年の時学内でイタリア歌曲の世界的権威、マエストロ・ファバレットの公開レッスンがあった。(そのホールにはマエストロのご親友である中川牧三先生もご来場されていた)
その時私も公開レッスンを受講させて頂き、マエストロから直接ご指導を受けた。
曲はヴェルディの歌曲「乾杯の歌」だったと思う。(ヴェルディのオペラ『椿姫』の中の「乾杯の歌」ではない)。この曲は2ヴァージョンあって森先生と五十嵐先生とおふたりから別ヴァージョンの曲を教えて頂いていた。(森先生から教えられたのは高音が多い派手な方の曲)
学内なので五十嵐先生に教わった一般的な方の曲で受講した。
私が一度最後まで歌った時、ファバレット先生は伴奏者に音を高く移調して弾くように指示された。
2度か3度か、相当高音への移調を要求されたので場内の見学者がざわついていた。が、日本では伴奏者はすぐに移調奏ができないし、そんな訓練もしていない。
それで先生は伴奏者に自分と伴奏を代わるよう言われ、先生がご自身で伴奏を弾きはじめられた。
出だし部分を2~3回いろいろな調子で試され、歌う調子が決定された。私も急に高くなった音に合わせて歌わなければ・・・と、(幸い私に絶対音感はない)・・・カーッと舞い上がったまま、指定された調子になった派手な「乾杯の歌」を最後まで歌いきった。
会場がまたざわついた。
歌い手の声質を瞬時に見抜き、ヴェルディの(男声用?)歌曲をオペラの(ソプラノ)アリアのような華やかな曲にしてしまわれたファバレット先生の手腕に、聴衆は驚嘆してしまったのである。
最初に歌った曲と先生の伴奏で歌った曲は、誰の耳にも別の曲としてしか聞こえなかったらしい。
大学卒業後、京都と芦屋で中川牧三先生、東京で森敏孝先生に師事していた頃、ベッリーニの「マリンコニーア」という曲のレッスン時に、森先生から半音高く移調することを要求された。
*Malinconia,Ninfa gentile (やさしいニンファのマリンコニーア)・・・Malinconia=憂愁・・
使っていた教材はリコルディの原典版で、その曲の調子記号は♭が4つの短調(f moll)、
日本版(全音楽譜版)では、♭1つの短調(d moll)・・・原典版より短3度低い
先生に要求された調子は、原典版より半音高いfis moll(シャープ3つの短調)
原典版の醸し出す、妖精の持つ不透明な柔らかい世界が移調により明るくシャープな現実世界になってしまう。この移調では全く歌いづらいことこの上なかったことが、後々まで記憶に残った。
(たった半音の音高差なのに)・・・平均律で調律したピアノでこのように感じるのは、???

声楽を演奏する時、オペラアリアの移調はやらないが、歌曲の移調はよくおこなわれる。
今回の曲の移調も先生がステージで歌われる時は音を高くされるためで、理由はテナー歌手として派手な高音部をより魅惑的な声量の声で歌えるから。同じ舞台に立つ誰よりも華やかな声で目立たなければ主役の価値がない、との仰せ。この場合は、常に歌い手が舞台で光り輝く為の手法の一つとしての移調である。
先生はオペラの舞台が多いので、歌曲でもステージに立った時を想定して、他の歌手の力量に負けない演奏をすることが身についておられたのだが、半音変えるだけで曲のイメージがガラッと変りこうも歌いづらいのでは、まだまだ技術不足、この曲を人前で競演するのは止めておく事にした。

これらの経験で移調による不思議さとシューベルトの『美しき水車小屋の娘』と『冬の旅』の移調譜での演奏に違和感がある、という疑問をピアノのレッスン時に武井博子先生にいつも喋っていた。
ある時、武井先生は音楽学者のブリーゲン先生の生徒の卒論指導を受け持たれた時に目にされた本を、私に紹介してくださった。
それこそが、『ゼロ・ビートの再発見~平均律への疑問と古典音律を巡って~』上下(著:平島達司、東京音楽社 1987)という本であった。

「彼の環境の特異性はシューベルティアーデであり、あまりにも有名な梅毒という病気である。」
前回、そのように述べたがそれはシューベルトの精神に関る特異性であって、長い間の移調奏における私の疑問とは、声楽を勉強する人間としての音そのものへの疑問であった。

そのことに関して、諭吉倶楽部会報第1号(2011年、12月発行)に「雑談とは何か」(著:杉本)と第2号(2012年3月発行)「定説への疑問」(著:杉本)で、古典音律について述べている。
シューベルトの歌曲の世界を知るためには、友人達や時代環境だけでなく、奏でられる音そのものから受ける響きを通じても検証しなければならない。
シューベルトが創造した音が、今我々がピアノで弾き歌う音と違っていたとなると、そこに表現された音楽の精神までもが再確認の必要性が出てくるのである。
その為、次回はもう一度シューベルトが使っていたであろうピアノの音律の確認をしたいと思う。
今回は参考資料として「雑談とは何か」(抜粋)を掲載しておいた。         (続)

杉本知瑛子(97、文・美(音楽)卒)

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「参考資料」
「雑談とは何か?」
杉本 知瑛子(H.9美学 卒)
ここで言う雑談とは無駄話のことではない。
雑談について広辞苑には「雑談とはさまざまな対話。取り留めのない会話。」と記載されている。
又「無駄話とは役に立たない話」とも記載されている。
そう、雑談とは対話であり、立場の全く違う方との雑談は、自分の知らない世界を垣間見させてくれる、すばらしい知識、見識を得るための宝庫でもある。
学生時代、授業や講演後の二次会などで、講師の教授と顔を突き合わせての雑談の中に、講義や講演とは違った、強烈な光を放つ言葉に感動したことがある方も多くおられることと思う。
雑談は、単なる書物からの知識だけでなく、それらに裏打ちされた思考や体験から発せられる言葉をも多く含んでいる。

~~大学卒業後、ピアノの武井博子先生(大芸大教授:ピアノ)とは、レッスン後いつもおしゃべり(雑談)を楽しんでいた。
ピアノ曲では移調演奏をすることがないが、声楽の場合よく移調で演奏を命じられる。特に東京二期会の森敏孝先生は、少しでも派手に目立つようにと、イタリア歌曲ではご自分がそうされるように、音を高く移調させて歌わされる。
移調させられるとなぜか音楽の雰囲気が変わるのである。それが素晴らしくなる場合と、曲が要求している雰囲気には合わず大変歌いにくくなる場合とがあった。
平均律では移調によって音楽の雰囲気は変わらないはずであるのに、私の身体はおかしいと言う。
故中川牧三先生(日本イタリア協会会長)のところでは、オペラばかりのレッスンだから移調演奏することはなかったし、歌曲での移調演奏でも何も問題は生じていなかった。
それで、きっと東京(森先生宅)まで行くのに疲れて体が響かないのだと、自分の技量不足と考えていた。
そんな話も雑談の中で武井先生に話していた。
「ブリーゲン先生(音楽学者)のお弟子さんが卒論で古典音律について書いていましたけれど、
杉本さんの役に立つのではないですか。」ある日そう言われ、ご自分が卒論指導をされた学生の参考文献の話をされた。
それが『ゼロ・ビートの再発見』(平島達司著)という貴重な本だったのである。
ブリーゲン先生と平島先生はご友人だったので、そういう書物の情報が武井先生の手に入ったのである。その、ピアノレッスンとは関係のない情報をいち早く私に話して下さったのは、普段の雑談の賜物である。
その書物により長い間かかえていた問題点が、次々と解明されていった。
もちろん、その本に書かれてあることを、実際に自分のピアノで再現するためには、古典音律の理論を理解し、それらの調律調整ができる調律師の存在が不可欠である。
調律師を捜すのに5~6年はかかった。
その間にデジタルピアノで音律変換機能が付いた製品が出来、楽器社の方が、試弾用(無期限)にとその新製品を自宅に持ってきてくださった。そのピアノでは音律での曲の変化はあまり感じなかった。
本から受けたイメージとデジタルピアノの音(響き)では全く印象が異なった。がっかりした。
そしてその後、長期間ドイツに調律留学していたカワイ楽器中央研究所の調律師の方を紹介され、その方に理論の解説を受けながら、自宅のピアノをヴェルクマイスター音律に調律して頂くことができた。(ヨーロッパでは日本で言う古典音律は、平均律として調律されているそうであった。)
調律されたグランドピアノの音は、共鳴の関係かデジタルでの音とは全く異なる響きであった。
私が手に入れたその書物は、その後長い間絶版となり、幻の名著として楽器社の方々が捜しまわっておられたのを覚えている。
古典音律(ウェルテンペラメント)で調律したピアノでのシューベルトの歌曲は特にすばらしい。
シューベルトのピアノ曲アンプロンプテュ(即興曲)Op.90 D.V.899 No.3 Andante では曲の調子記号は♭が6つついている(変ト長調)。
だが当時そんな難しそうな楽譜は売れないと判断した出版社は、移調して♯1つの調子記号(ト長調)に変えて出版した。しかし 近年、シューベルトの自筆楽譜が発見されたため、現在では原曲に従い変ト長調で出版されている。
しかしその変化の再現は、シューベルトが使っていたと考えられているヴェルクマイスター音律に調律されたピアノでなければ不可能である。
過去、自宅で開催してきた「ミニミニコンサート」では毎回その曲も演奏するが、その2曲の雰囲気の違いに皆さん息を呑まれていた。
ヴェルクマイスター音律は調子記号による調性感をはっきり表出する音律である。
それに比べ、響きの全てがわずかに不協和を生じる、平均律(1オクターブを12等分する日本の平均律)は調性的にモノクロである。
自然の共鳴に基づいた音律と1オクターブを機械的に12等分した音律では、これらは全く異質なものと考えるべきであろうと思う。
~らしき曲は再現できても、~らしき曲はシューベルトの想念から生まれた曲ではないのである。

とまれ! 又脱線してしまった。しかしこれが雑談のいいところである。
雑談を役に立たない無駄話ではなく様々な談話と考えて、私の持つわずかな知識と体験から、私の知る世界の話をこの場で話していきたいと思う。
ここは福澤諭吉研究会「諭吉倶楽部」会報の場である。
しかし、福澤諭吉先生に関しての知識習得はこれからであり、知的交流の場としての発表は私に関しては、極めて拙い内容になると考えられる。
それなら、大学卒業後も数十年研究を重ねてきた音楽の話のほうが、人の役に立つのではないか。
書物と体験と、中川牧三、五十嵐喜芳、森敏孝、大橋国一、マリオ・デル・モナコ、ジュリエッタ・シミオナート、マエストロ・ファバレット、等、多くの音楽の歴史を体現されてきた先生方からのレッスン受講体験。
中でもレッスン終了後、よく何時間も雑談をしてくださった中川牧三先生。
その雲の上の方との貴重な会話の数々、そしてそこからまだ日本では確立されていない美学の必要性を感じさせていただいた幸せ。
いまのところ、福澤諭吉先生に関しての研究発表はまだできないが、私にとっての実学、そして私にとって独立自尊の精神の象徴でもある、その音楽の研究を雑談としてこの場で発表することは、許されるのではないだろうか。
(「諭吉倶楽部会報第1号」掲載文より抜粋)

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