ソフィアさんちのチルちゃんと僕(80)~世阿弥と福澤諭吉(2-3)~

「お能の稽古の心得、うわ~厳しいよ。好色・博打・大酒は絶対ダメ・だって。現代だったら全員破門だ!後継者皆無だ!」

「クーちゃん、興奮しないで!これは昔の本だから・・・」

「そうだよね。テレビから聞こえてくる若い子達の歌は本能むき出し、容赦ない自己主張ばかりだもの。それに偉いはずの知事さんですら、大きな賭博場誘致に血眼になっているんだから、僕、理解できない!」

「お酒だって年齢制限はあっても無いのと同じさ。僕たちもストレス発散!お店はコロナ禍でもそこいら中開いているから、さあ!飲みに行こう!」

「こら!クーちゃん!私達は天使の品格を保たなければいけないのよ!天国に帰れなくなったらわ~大変!ソフィアさんのお手伝いもできなくなるし、かわいい蝶々さんたちとも会えなくなるわ。」

「ごめん、ちょっと言ってみたかっただけ。僕いい子、だから大丈夫だよ!」

《3、『風姿花伝』

:~能は由緒正しい芸能であるから~決して芸の伝統的な風格を無視して、邪道に陥れてはならない。

~日ごろの言動においても品格があって、姿も優美な人を、優れた演技者としての才能を備え、伝 統を正しく継承している達人と言うべきではなかろうか。~

さて、この書に自分が若い頃より見聞した稽古の心得の大要を記すものである。

一、好色・博打・大酒。この三つは厳重な禁戒であり、先覚の定めた掟(おきて)である。

一、稽古に対しては徹底して厳しくなければならない。

しかし、人間としては頑なであてはならない。

第一 年来稽古(各年齢に応じた稽古のありかた)

七歳

能の稽古はだいたい七歳ではじめる。~

子供の持っている長所がなにげなく表れるが、その良さを伸ばすためには、その子供のしたいままにやらせるのがよい。~こまかに教えるべきではない。あまりきびしく注意すれば、子供はやる気を失い、能に嫌気がさしてしまい、上達が止まる結果となる。

~また、晴れがましい舞台での最初の出し物を子供に演らせるべきではない。~

十二・三歳より

~順次さまざまな技術や曲数を重ねて教えるべきであろう。~

まず第一に、少年であるから、姿は優美であり、声も少年らしい美しい声の出る時期である。

~概して、子供の演ずる能には、大人びた手の込んだ物まね(役に扮する演技)などはさせるべきではない。しかし、よほど技術が秀でてきた場合は、その少年の演ずるままにまかせてもよいであろう。姿の可愛らしさと、声の美しさとが揃い、そのうえ、上手であるならば、少年の能は、どうして悪いはずがあるだろうか。しかしながら、この花(舞台上の魅力)は、修行を積み重ねた真実の花ではない。

ただ、この年ごろにのみ開きうる一時的な花にすぎない。~したがってこの時期の舞台の魅力は、それが役者としての生涯を決定しうる、評価の基準にはならないのである。

この年ごろの稽古は、少年の素質や美しさをのびのびと生かして、この時期の美しい花を咲かせる一方で、基本的な技術を大事に稽古しなければならない。~》

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