シューベルト:『冬の旅』より「おやすみ」

シューベルト歌曲集『冬の旅』より「おやすみ」

作曲:シューベルト 歌曲集『冬の旅』Winterreise 作品 89 D911
原詩:ヴィルヘルム・ミュラー、日本語訳:甲斐貴也(2008.9.20)

 

*弾き語り演奏(ソプラノ独唱&ピアノ伴奏:杉本知瑛子):D moll(原調)

練習録音公開予定:       録音日&録音機種:

1. Gute Nacht

Fremd bin ich eingezogen,
Fremd zieh’ich wieder aus,
Der Mai war mir gewogen
Mit manchem Blumenstrauß.
Das Mädchen sprach von Liebe,
Die Mutter gar von Eh’.
Nun ist die Welt so trübe,
Der Weg gehüllt in Schnee.

1.おやすみ

よそ者として来た僕は
またよそ者として去ってゆく
五月は僕を慕って
たくさんの花束をくれた
あの娘は恋心を口にし
その母は結婚とまでも
だが今世界は暗澹とし
道は雪に覆われている

Ich kann zu meiner Reisen
Nicht wählen mit der Zeit,
Muß selbst den Weg mir weisen
In dieser Dunkelheit.
Es zieht ein Mondenschatten
Als mein Gefährte mit,
Und auf den weißen Matten
Such’ich des Wildes Tritt.

旅立ちの時を
選ぶことはできない
暗闇のなか自分で
道を探さねばならない
月明かりの影法師を
道連れとして
白い広野の上に
獣の足跡を辿るのだ

Was soll ich länger weilen,
Daß man mich trieb’hinaus,
Laß irre Hunde heulen
Vor ihres Herren Haus.
Die Liebe liebt das Wandern,
Gott hat sie so gemacht,
Von Einem zu dem Andern,
Fein Liebchen, gute Nacht.

彼等に追われるまで
留まる義理があろうか
猛る犬たちは吠えるがいい
主人の家の前で
愛はさすらいを好むもの
神がそのように創り給うた
ひとつ所からまた別の所へ
可愛い恋人よ おやすみ

Will dich im Traum nicht stören,
Wär schad’um deine Ruh,
Sollst meinen Tritt nicht hören,
Sacht, sacht, die Türe zu.
Schreib im Vorübergehen
Ans Tor dir: gute Nacht,
Damit du mögest sehen,
An dich hab ich gedacht.

君の夢の邪魔をして
安らぎを乱したくない
足音を聞かれないよう
そっと そっと ドアを閉める
通りすがりに書きとめよう
門に「おやすみ」と
君を想っていたことを
わかってもらえるように

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《参考1:杉本知瑛子著『シューベルト~その深淵なる歌曲の世界2-①』

*伴奏の型について

『美しき水車小屋の娘』と『冬の旅』の伴奏は、この連歌集「うたものがたり」の重要な要素をなしている。
伴奏楽器であるピアノは、しばしば魂を持つものとして考えられた自然を描写する。
これは、人間の内面世界の象徴として、または、その根源と本質において、人間の内面世界と親しく近いものとして理解することができる。
こういった自然に対する考え方は、ロマン主義思想の特徴であり、自然の根底に精神と同一なるものの存在を認めるシェリングの一元論や、スピノザの影響を受けたゲーテなどど同じ立場であると考えることができる。

『美しき水車小屋の娘』では、伴奏はロマン主義的風景の動き、つまり、せせらぎや流れ、などは多様な分散和音と具象的な運動音型によって表現されていたのであるが、『冬の旅』では、ロマン主義的和声法といわれている大胆な転調や異名同音による転換などにより、より内面世界と自然が一つになり、動きの少ない単純な曲でありながら、そこに内在させる複雑さは驚くほどである。

「ロマン主義の思考と生活感情において、旅が中心的意味をもつように、旅の歌の旋律型もロマン主義のリート作曲にとって本質的なものである。シューベルトは、アルマンドの基本リズムを、多数リートに取り入れている。」
と、ヴィオーラ教授が述べているように、旅における歩みの種類も多様であり、『冬の旅』では、ゆっくりと疲れきって身体を引きずる歩みや、力なくよろめくような歩みに、主人公の心的風景を重ねている。

『美しき水車小屋の娘』第一曲と『冬の旅』第一曲は、どちらもさすらいの足取りのリズムで書かれているが、元気のいい溌剌とした歩みと、疲れきって力無く身体を引きずるような歩み、とでは全く対照的である。

*全文はこちら:シューベルト~その深遠なる歌曲の世界~2-①

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《参考2:解説(Wikipedeliaより)》

本作は1823年に作曲された『美しき水車小屋の娘』と同じく、ドイツの詩人ヴィルヘルム・ミュラーの詩集による。2部に分かれた24の歌曲からなる。『水車小屋』が徒弟修行としての「さすらい」をテーマにし、徒弟の若者の旅立ちから粉屋の娘との出会い、恋と失恋、そして自殺を描いた古典的な時代背景を元にした作品だったの対し、『冬の旅』では若者は最初から失恋した状態にあり、詳しい状況は語られないが街を捨ててさすらいの旅を続けていくという内容であり、産業革命による都市への人口集中が始まったことで「社会からの疎外」という近代的意識を背景にしている。唯一の慰めである「死」を求めながらも旅を続ける若者の姿は現代を生きる人々にとっても強く訴えかけるものがあるとされ、一般に彼の3大歌曲集とされる当作品及び『美しき水車小屋の娘』、『白鳥の歌』の中でも、ひときわ人気が高い。

シューベルトの健康は、1823年に体調を崩し入院して以来、下降に向かっていた。友人たちとの交流や旅行は彼を喜ばせたが、体調は回復することはなく、経済状態も困窮のまま、性格も暗くなり、次第に死について考えるようになる(シューベルトには10代の頃から死をテーマにした作品があり、家族の多くの死を経験したことからも死についての意識は病気以前からあったと考えられている。マイアホーファーはシューベルトが『冬の旅』の詩を選んだことを『長い間の病気で彼にとっての冬が始まっていたのだ』と回想しているが、ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウはこれについて「原因と結果を混同している」と指摘している)。とりわけ、ベートーヴェンの死は、彼に大きな打撃を与えた。シューベルトがミュラーの『冬の旅』と出会ったのは、1827年2月のことであった。シューベルトは前半12曲を完成させ、友人たちに演奏したが、あまりの内容の暗さに彼らも驚愕したという。友人の一人であるフランツ・ショーバーが「菩提樹は気に入った」と口にするが精一杯であった。シューベルトはこの12曲で作品を完成としたが、続編の存在を知った彼は再び作曲に取り掛かり、続編の後半12曲を10月に完成させる。第1部は1828年1月に出版。第2部は彼の死後の12月に出版された。

全体的に暗く絶望的な雰囲気に包まれた音楽(全24曲の内16曲が短調で書かれている)の中で時に長調の部分が現れるが、それは幻想かイロニーに過ぎず、全24曲を通して甘い感傷に陥ることが無い。ディートリヒ・フィッシャー=ディースカウは「演奏家はリーダーアーベント(歌曲の夕べ)に審議的喜びだけを期待する聴衆に配慮せず、この曲が正しく演奏された時に呼び起こす凍り付くような印象を与えることを怖れてはいけない」と語っている。

杉本知瑛子(H.9,文・美(音楽)卒)

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