万葉の花々:番外《春の七草》~春の七草(春の七種)の歴史~・・・44号

*万葉の花々:番外《 春の七草》~春の七草(春の七種)の歴史~

七草(ななくさ)とは、様々な観点で挙げられた、7種類の野草・野菜である。

数ある七草の中で、春の七草については、7種の野草・野菜が入った粥(七草粥)を人日の節句(旧暦1月7日)の朝に食べる風習が残っている。

しかし、元々の「七草」は秋の七草を指し、小正月1月15日の物は「七種」と書く。この七種も「ななくさ」と読み、一般には7日正月の物を七草と書く。現在では元々の意味は失われ、風習だけが形式として残った。これらの事から、人日の風習と小正月の風習が混ざり、1月7日に「七草粥」が食べられるようになったと考えられる。 

春の七草(春の七種)一覧
せり(芹) →  セリ

野菜としては、水分が約93%含まれ、可食部100グラムあたりの食物繊維は2.5グラムと多く、エネルギーが17キロカロリー (kcal) と低い。栄養成分にβ-カロテン、ビタミンB1・B2・C、カルシウム、鉄分、クエルセチンなどの栄養素を主に含み、特にカロテン、ビタミンK、葉酸などのビタミン類、カリウム、鉄、銅などのミネラル、食物繊維が豊富で、これらをバランスよく含んでいる。香り成分と相まって胃や肝機能を整えて、カリウムは利尿効果を高めて血圧上昇を抑制し、鉄や銅、葉酸は貧血予防に、またビタミンKは血液中の老廃物やコレステロールを排出する効果が高く、生活習慣病の予防効果に役立つ食材だといわれている。セリが持つ香りや、ビタミンCやカリウムなどの水溶性栄養成分は、調理過程でなるべく損失を抑えるために、加熱しすぎないようにしたほうがよい。香り成分は肉類の臭みを消す効果があり、肉を使った鍋物や炒め物に適している。一般に流通している栽培品は灰汁(アク)が少ないが、野生のセリ(山ぜり)はアクが強いため、あく抜きが必要になる。独特の香りを持ち、日本では春先の若い茎・葉や根をお浸しや酢味噌和え、七草粥とする。

*セリの花言葉:「清廉で高潔」「貧しくても高潔」

属名の学名「Oenanthe(オエナンサ)」は、ギリシア語の「oinos(酒)」と「anthos(花)」が語源ともいわれます。

和名の芹(セリ)は、競り合う(せりあう)ように群生していることに由来するといわれます。

英語では「Water dropwort(水セリ)」や「Japanese parsley(日本のパセリ)」と呼ばれます。

*セリの誕生花:1月7日・1月11日

なずな(薺) →  ナズナ(ぺんぺん草) 

雑草扱いされることが多いが、有用植物として日本では昔から人々に利用されている。日本では正月7日の七草がゆには欠かせない食材として、若葉は食用に用いられている。若苗のころの若葉に含まれるミネラル中には鉄分やマンガンも多く、常食すれば補血に役立つものと考えられている

薬用にも用いられていて、開花期の全草にコリン、アセチルコリン、フマル酸、パルミチ酸、ビルビ酸、スルファニル酸、シュウ酸、酒石酸、リンゴ酸、クエン酸、アルギニン・メチオニンなどのアミノ酸、ショ糖・ソルボスなどの炭水化物、フラボノイドなどの成分を含んでいる。アセチルコリン、コリンなどは副交感神経に対する刺激作用があると言われ、唾液や胃液の分泌を促し、血圧降下の作用もあるといわれている

*ナズナの花言葉:「あなたに私のすべてを捧げます」。

*ナズナの英語の花言葉:「I offer you my all(あなたに私のすべてを捧げます)」。

*ナズナは1月17日の誕生花です。

ごぎょう(御形) →   ハハコグサ(母子草)

若芽は食用になり、七草として粥に入れたり、餅に混ぜて草餅にする。また、薬草として咳止めや去痰の薬用にも利用できる。

春の七草でよばれるオギョウ/ゴギョウ(御形)は、幼苗のロゼットの部分を摘んで、他の具材とともに七草がゆに用いる。また茎が立つ以前の若苗を細かく刻んで、餅米の粉に混ぜ込んで、草餅、草団子をつくることができる。花がつき始めるころの草体は、葉の裏側の毛を除いて軽く茹でて、お浸しにして食べることも出来る

かつては3月の節句に若芽を摘んで、餅に入れて草餅にして、「母子餅」とよんで祝いに用いられていた草であった。もともと草餅は、香りづけや色づけではなく、餅のつなぎとして草が入れられたもので、そこで全体に細かな毛が生えていたハハコグサが用いられ、餅に絡まって粘りを出すために役立てられていた。ハハコグサを使った「母子餅」は雛祭りに欠かせないものだったが、「母と子を臼と杵でつくのは縁起が良くない」として、平安時代ごろから蓬に代わったともされているが、実際には、出羽国秋田や丹後国峯山など、地方によっては19世紀でも草餅の材料として用いられている。餅草がヨモギに変わったのは、江戸時代初期ともいわれているが、これには異説もあり、明治のころからヨモギを使うようになったとみられるとする説もある

*花期の地上部の茎葉には、フラボノイドの一種であるルテオリン・モノグルコシド、フィトステロール、硝酸カリ、カリウム塩などを含んでいる。カリ塩が約1%と多く含むことから、尿の出を良くする利尿作用、痰の切れを良くする去痰作用があると考えられている。カリ塩以外の他の成分も、前記の作用を補助していると考えられている

はこべら(繁縷)→  はこべ(繁縷、蘩蔞)

ハコベ(繁縷、蘩蔞)とは、ナデシコ科ハコベ属Stellaria)の植物。「ハコベ」は一般にはコハコベとミドリハコベを総称していう。単にハコベというときはコハコベのことを指す場合もある。コハコベは越年草。別名、ハコベラ、アサシラゲなどともよばれる

なお、ハコベ類の分類には混乱が指摘されているほか、Stellaria media (L.) Vill.S. neglecta Weiheの二種に対応する和名がハコベとミドリハコベとするものとコハコベとミドリハコベとするものがあるなど問題が指摘されている

はこべら」として春の七草のひとつになっている。名の由来は、日本最古の本草書『本草和名』(918年)に、波久部良(はくべら)として登場しており、これが転訛したものと考えられているが、ハクベラの語源についてはわかっていない。市販されている七草は一般にコハコベである。コハコベが日本に入ってきたのは明治時代といわれている。2000年にコハコベは帰化植物とする研究者の見解が地方紙に出されるなど生産農家に混乱が広がったが、コハコベが江戸時代以前に生育していた可能性も指摘されている。ミドリハコベはもともと日本に生育していた種とされ、春の七草はミドリハコベとする文献もある

生け垣のわき、道端、畑などに自生し、春に茎の先や葉腋に白い5花弁を開くが、花弁の先が2つに深く切れ込んでいるため10弁に見える。全草に葉緑素(クロロフィル)を含み、昔から食用植物として知られ、春の若い茎葉を茹でてお浸しなどにして食べたり、小鳥の餌としても馴染みがある。全体に緑色のミドリハコベと、茎が暗紫色を帯びて小型のコハコベともに薬用植物としても知られ、花期の茎葉を干し上げたものは生薬となり、繁縷(はんろう、ハコベ)と称している。繁縷を粉末にして同量の塩と混ぜたものは「ハコベ塩」といい、歯槽膿漏防止に役立つ歯磨き粉代わりに利用された

ほとけのざ(仏の座)→  コオニタビラコ(小鬼田平子)

コオニタビラコ小鬼田平子・稲槎菜、学名: Lapsana apogonoides)とは、キク科に属する越年草の一つ。タビラコ(田平子)やホトケノザ(仏の座)ともいい、春の七草の一つとしても知られている。標準和名としてはコオニタビラコを使用する。

湿地を好み、田や周囲のあぜ道などに多く生える。初春の水田ではロゼット葉を広げて地面にはいつくばった姿で見られる。葉は羽状複葉で頂羽片が大きくて丸っこい。高さは10cm程度、早春には黄色の頭状花が咲く。花が終わると果実は丸く膨らみ、下を向く。種子には綿毛がない。

若い葉を食用とする。

近縁種のヤブタビラコ(Lapsana humilis (Thunb.) Makino)はやや大柄で、山沿いの湿ったところに自生する。

水田が減少した現代では、水田雑草であるコオニタビラコよりも、むしろオニタビラコ(Youngia japonica (L.) DC.)の方が普通に見られ、道ばたなどによく出現する。こちらはタンポポふうにギザギザした根出葉を広げ、中心から長い花茎をまっすぐに立て、先端で枝分かれをして多数の小さな黄色い頭状花序をつける。種子には綿毛がある。ただし、コオニタビラコはヤブタビラコ属の種であるのに対してオニタビラコはオニタビラコ属の種である。したがって、本種はオニタビラコの小ぶりの種ではないことから誤解をまねきやすい標準和名である。

*名前について

「ホトケノザ」という名は、ロゼット葉の姿からつけられたものと思われるが、現在ではシソ科の雑草であるホトケノザ(Lamium amplexicaule L.)に与えられ、そちらが標準和名となっている。これは初春に花をつける草花で、食用ではない。

ややこしいのはオニタビラコとの関係で、「鬼タビラコ」はタビラコの大きいものの意味であるから、「小鬼タビラコ=タビラコの大きいものより小さいもの(=タビラコ)」の意味で、循環してしまっている。

また、これらとは別に、ムラサキ科の植物であるキュウリグサの別名にもタビラコがある。

(注)「仏の座」はシソ科のホトケノザとは別の種。→  コオニタビラコ(小鬼田平子)

すずな(菘)→  カブ(蕪)

日本へは時期は不明であるがかなり古い時代に(弥生時代という説もある)、中国または朝鮮半島からもたらされ、スズシロ(大根)とともに重要な根菜とされてきたと考えられている

古い記録では『古事記』(712年)に記されている「吉備の菘菜(あおな)」はカブのことと見られている『日本書紀』(720年)にも、持統天皇が栽培を推奨したとの記述がある。奈良時代の朝廷が、根に養分を蓄える野菜づくりを奨励し、五穀に次いで重要視されて、各地に伝統的なカブが誕生することになった。東北地方では、古くから焼き畑でつくる作物として毎年栽培されたものが、保存して冬から春の間に食べる食料にされた

江戸時代になってから日本各地に広まって、各地域ごとに特徴ある栽培品種が多数作出された。日本在来種のカブは味が良く、明治期に西洋から導入された品種は不評で根付かなかった。

京野菜など西日本で見られる中国伝来のアジア系とともに、東日本でヨーロッパ系(野沢菜など関連する変種も含む)が在来種として確認され、シベリア経由と見られている

*品種

日本には白い丸形の小カブをはじめ、赤カブや長カブ、大型のカブなど各地で在来種が根付いており、量は少ないながらも約80品種が生産され、多様な品種が存在した日本の伝統野菜の代表例でもある。

日本で最も一般的に流通しているのが寒さに強い小型の白カブで、これはヨーロッパから朝鮮半島を経て渡来した系統で、中でも金町小カブが代表的な品種である。カブには直径10センチメートルを超える大カブや、根茎部が長さ20センチメートル以上になる長カブ、赤い色の赤カブがなどあり、ヨーロッパ系の品種では根茎が黄色の黄カブもある

聖護院かぶなどの大型かぶは、繊維が少なくて肉質は緻密である。カブの色が白色ではないものは「色カブ」ともよばれ、紅色や紅紫色、上半分は紅色で下半分が白色などになり、品種も数多く、日本海側にかけて多く栽培されている。日本で産出されるカブは世界の植物学者から「カブの第二の原産地」と例えられるほど、品種が豊富にある

東京近郊で栽培される金町小かぶには、数多くの系統があって、日本全国各地で栽培されている。地方特産の在来種の数も多く、小カブ以外は周年生産されていない。地方品種を東西(ヨーロッパ系とアジア系)に分ける線は関ヶ原付近に引くことができ、西日本のカブは葉や茎に毛があるものが多く、東日本はツルツルしたカブが多い。農事関係者は、地理的に系統が分かれるこの線のことを「かぶらライン」と呼んでいる(中尾佐助による命名)。

日本国内で生産される欧米種としては、大型で黄色いゴールデン・ボール、スノー・ボール・アーリー、夏採りのパープル・トップ・ミラン(ミラン・ルージュ)などがある

利用目的に合わせて品種改良が行われた結果多くの野菜(タイプ)が生まれた。ハクサイ、チンゲンサイ、コマツナ、ツケナ類は全てカブの仲間であり、広義のカブ菜類に含まれる。したがって相互の交配が容易である。

*料理

カブは漬物をはじめ、蒸し煮や炒め物、シチュー、すりおろしなど、様々な料理のバリエーションで使われ、調理法によって食感も変化する

そのままでは固いため、生食よりも煮物や味噌汁・シチューの具材としての利用が多いが、大根おろしのように蕎麦の薬味としても利用される。加熱すると一転して非常に柔らかくなるため、ダイコンのようにじっくり煮込む料理には向かない。葉の部分は、新鮮なうちに浅漬けや油炒めなどにして食べられるほか、アクが少ないため茹でてお浸しや汁の実にも適している。赤カブなどの色カブは、たいてい漬物などに加工して利用される

日本料理では風呂吹きにも利用される。また、浅漬け、糠漬け、千枚漬け(聖護院かぶら)、酸茎などの漬物に加工される。かぶら寿しは石川県金沢市の郷土料理で、日本海で採れた塩漬けの寒ブリを、薄く切った金沢青かぶに挟んで、米麹で漬け込んだ江戸時代から続く伝統料理である

*栄養価

根の部分(いわゆるカブ)には水分が約94%含まれ、可食部100グラム (g) 中のエネルギー量は約20キロカロリー (kcal) で、炭水化物が4.0 g、たんぱく質0.7 g、灰分0.6 g、脂質0.1 gが含まれる。またビタミンC、カリウム、食物繊維が含まれ、ダイコンの根の部分の栄養素とほぼ同じである。とりたてて多く含まれている栄養素は見当たらないが、ビタミンCがやや多い

デンプンを分解する消化酵素アミラーゼ(ジアスターゼ)がたくさん含まれているので、生で食べると、米飯・パン・麺などの主食を食べ過ぎたときの胃もたれや胸焼けの解消に効果がある。刺激性辛味物質の元となっているグルコシノレートを含んでおり、加熱調理して食べることによって肝臓の解毒作用を活性化させる働きがあるといわれている

葉の部分は根とは全く異なる栄養素を持ち、β-カロテン、ビタミンC、カルシウムが豊富に含まれ、緑黄色野菜に分類される。特に体内でビタミンAに変換される色素成分β-カロテンは、可食部100グラム (g) 中、2800ミリグラム (mg) と極めて豊富に含まれる。ビタミンCは免疫力の低下を予防し、食物繊維は便秘の解消や、生活習慣病の予防に役立つ栄養素といわれている

*薬用

塊根の部分(いわゆるカブ)は蕪青根(ぶせいこん)、種子は蕪青子(ぶせいし)と称して薬用にもされ、塊根部は食べ過ぎ・糖尿病・黄疸・しもやけ、種子は目の充血に効能があるといわれる。塊根は胃腸を温める働きがあり、種子は熱を取り去る作用があるといわれ、共に市販のものが用いられる。民間療法では、1日1 – 2個のカブを調理して食べるか、しもやけではすりおろしたカブの塊根を患部に貼るとされる。種子は粉末状にして1日量2 – 3グラムを3回に分けて飲む用法が知られる

*文化

かぶな、すずなはともに冬の季語で、その白さを降雪に関連づけた詩歌が見られる。カブの葉はスズナ(鈴菜、または菘。根の形を鈴に見立てた)として、春の七草にも数えられていて、現代でも葉が付いた状態で販売されている事が多い。

古代中国でも、春には苗、夏には心、秋には茎、冬には根をそれぞれ食する蔬菜として重要だった。また、中国の軍師として知られる諸葛亮が行軍の先々でカブをつくらせて兵糧の一助とした逸話にちなみ、カブのことを「諸葛菜(しょかつさい)」と呼称することがある。地味に乏しい土地でもよく採れるため、貧しい農民たちは随分助けられ、感謝の意を込めたものだという。

ロシアでは、『おおきなかぶ』のように民話の題材になるほど馴染みのある野菜である。一方、カブがあまり好まれないフランスでは、大根役者に相当する「カブ役者」という言い回しがある。

*すずなの花言葉:「慈愛」「晴れ晴れと」

すずしろ(蘿蔔)→ ダイコン(大根)

*ダイコンの花

大根はアブラナ科なので、花もアブラナ科の花が咲きます。綺麗な白い花、もしくは薄い紫色の花で、冬に収穫するはずの大根を収穫せずに畑に放置しておくと、春に花が咲きます。とはいえ大根の花の開花時期は4月~5月なので、そこまで畑に放置することは種を採るという目的以外では稀ではないでしょうか。そのためせっかくの可憐な花ではありますが、大根の花を目にすることはあまりないのです。

            *ダイコンの葉

栄養価が高く、春の七草のスズシロ(清白)でもある。おひたし、味噌汁の具、漬物として用いられる。炒め物にして食べると栄養の吸収が良いといわれる。また、カブの葉同様、刻んで飯に炊き込んだものは菜飯となる。

日ごとに葉が枯れてきてしまうため、入手できたら新鮮なうちに切り落として調理する方がよい。灰汁(アク)があるため、細かく刻んだら水につけてアクや青臭みを抜いて調理する

  • 間引き菜(まびきな) 発芽から数週間で間引きした苗
  • 大根菜(だいこんな) 一ヶ月ほど経ち10〜20cm程度に根が発達した幼植物。これを野菜として利用するための品種もある。
  • 大根葉(だいこんば) 収穫期の葉でかつては広く利用されたが、現在は流通の都合や消費者の嗜好により原則として捨てられ、まれに葉付きダイコンと称して販売されている。成長した葉柄には棘状の突起があるので、生食には適さず加熱調理する。
  • 干葉(ひば) 根と同様に干して保存性を高めたもの。緑黄色野菜の少ない季節の貴重な保存食とされた。
  • 種子:スプラウト 発芽させ、胚軸と子葉をカイワレダイコンとして食用にする。
  • 生薬 羅葡子(ライフクシ)として、健胃、去痰作用。中国医学では、肥満の薬として有名。

大根(根茎部)は、約95%が水分で、炭水化物が少量含まれるだけで、タンパク質も脂質もわずかで、熱量は100グラムあたり18キロカロリー (kcal) と極めて少ない。ごく少量の炭水化物には、ブドウ糖、蔗糖、果糖などの甘味成分が含まれていることから、加熱調理すると辛味が消えて、わずかな甘味を感じることができる。ビタミン・ミネラル類は、脂溶性ビタミン(ビタミンA、ビタミンD、ビタミンE、ビタミンK)を除けば、全体的にバランスよく含んでいて、皮を剥かないですりおろしたものであればビタミンC、カリウム、食物繊維を豊富に含む。特にクビに近いところでは、ビタミンCや食物繊維が豊富である。また一方では、取り立ててたくさん含んでいる栄養素は見当たらず、食物繊維もそれほど多くはないが、冬場はたくさん食べる機会が多い食材であるから、食物繊維はとてもよい供給源になっているという評価もされている

根茎には消化酵素であるアミラーゼ(別名:ジアスターゼ)、タンパク質を分解するプロアテーゼを多く含み、アミラーゼはデンプンの消化促進に役立つ。アミラーゼは消化不良を解消し、胃酸の出を調整して胃もたれや胸焼け防止の働きがあるといわれる。これら栄養素は、加熱や酸化に弱い性質があるため、大根おろしやサラダなどにして、生ですぐに食べる方が効果的に摂取できる

葉の部分は緑黄色野菜で、β-カロテン、(ビタミンA)、ビタミンC、カルシウム、カリウム、鉄分などが豊富に含まれている。カルシウム、鉄、カリウムなどのミネラル類は、根茎部の2 – 10倍も含んでおり、ビタミン類では根には全く含まれていないカロテンが、ホウレンソウと同じくらい含まれている。野菜から摂りにくいとされるビタミンEも豊富で、ビタミンCも根茎部の数倍になる

加工品である切り干し大根は、100グラムあたりの栄養素量が多いところから「栄養の塊」と紹介されることがあるが、水分量が少ないためそのように見えるだけで一度にたくさん食べる機会がないので、過剰な期待はしないほうがよいとも言える。また、大根の芽を摘んだ貝割れ大根の場合では、ビタミン、ミネラルが豊富な緑黄色野菜であり、洗えばすぐに食べられるので、手軽で栄養補給に役立つ食材といわれる

*薬効

いわゆる大根の部分(根茎)には、ヒドラドペクチン、アデニン、ヒスチジン、アルギニンを含んでおり、葉にはシスチン、アルギニン、リジン、精油などを含んでいる。根にはアミラーゼやオキシターゼという酵素が含まれ、アミラーゼは米などのデンプンを分解して胃もたれ、胸やけを解消してくれる働きがあり、オキシターゼは魚の焼け焦げに含まれることがある発がん性物質を解毒すると考えられている。辛味成分になっているイソチオシアネートは、肝臓の解毒作用を助け、がんの発生を抑制するといわれている

薬用としての採集時期は11 – 12月ごろで、根茎も葉の部分も薬用にできる。薬用に天日で乾燥した種子は莱菔子(らいふくし)、生の根茎は莱菔(らいふく)とも称している。種子は身体を温める作用、根には身体を冷やす作用がある

民間療法で、消化不良や食欲不振のときに、大根おろし汁を盃1杯ほど、朝夕2回食後に飲むか、食欲がないときは食前に飲むとよいといわれ、二日酔い、発熱、吐き気、胃弱のときは、皮付きの大根で大根おろしを作り、1日200 – 400 ccほど食べるとよいとされる。扁桃炎によるのどの痛みは、大根おろし汁でうがいして、さらにおろし汁で温湿布する。打ち身、捻挫などの打撲傷で腫れがあるときには、大根おろし汁で冷湿布して腫れを引かせる。大根おろしを水飴などと一緒に湯飲みに入れて、湯を注いで1日数回飲めば、たんきり、咳止めなどに効果があるといわれる。

種子は1日量3 – 5グラムを400 ccの水で煎じて3回に分けて服用すると、咳、食べ過ぎに効果があるといわれる

風通しのよいところで陰干しにした葉は浴湯料に使え、刻んで布袋に入れて風呂に入れる干葉湯(ひばゆ)にして、冷え症、神経痛、保温に役立てられる。

《ダイコン 誕生花日付:3月30日》

《ダイコン 花言葉:「潔白」「適応力」》

                                 *春の七草(春の七種)の歴史

この7種の野菜を刻んで入れたかゆを七草がゆといい、邪気を払い万病を除く占いとして食べる。呪術的な意味ばかりでなく、御節料理で疲れた胃を休め、野菜が乏しい冬場に不足しがちな栄養素を補うという意味も有する。

七種は、前日の夜にまな板に乗せて囃し歌を歌いながら包丁で叩き、当日の朝に粥に入れる。囃し歌は鳥追い歌に由来しており、これは七種がゆの行事と、豊作を祈る行事が結び付いた物と考えられている。歌の歌詞は「七草なずな 唐土の鳥が、日本の土地に、渡らぬ先に、合わせて、バタクサバタクサ」など地域により多少の違いが見られる。

七種の行事は「子(ね)の日の遊び」とも呼ばれ、正月最初の子の日に野原に出て若菜を摘む風習があった。『枕草子』にも、「七日の若菜を人の六日にもて騒ぎ……」とある。

覚え方と呼べるような語呂合わせは知られていないが、上記の通りに並べると五七調になる。

歴史

古代より日本では、年初に雪の間から芽を出した草を摘む「若菜摘み」という風習が有り、これが七草の原点とされる。また六朝時代の中国の「荊楚歳時記」に「人日」(人を殺さない日)である旧暦1月7日に、「七種菜羹」という7種類の野菜を入れた羹(あつもの、とろみのある汁物)を食べて無病を祈る習慣が記載されており、「四季物語」には「七種のみくさ集むること人日菜羹を和すれば一歳の病患を逃るると申ためし古き文に侍るとかや」とある。このことから今日行われている七草粥の風習は、中国の「七種菜羹」が日本において日本文化・日本の植生と習合した結果、生じたと考えられている。

日本では古くから七草を食す習慣が行われていたものの、特に古代において「七草」の詳細については記録によって違いが大きい。『延喜式』には餅がゆ望がゆ)という名称で「七種粥」が登場し、かゆに入れていたのは米・粟(アワ)・黍(きび)・稗(ひえ)・みの・胡麻・小豆の7種の穀物で、これとは別に一般官人には、米に小豆を入れただけの「御粥」が振舞われていた。この餅がゆは毎年1月15日に行われ、これを食すれば邪気を払えると考えられていた。なお、餅がゆの由来については不明な点が多いものの、『小野宮年中行事』には弘仁主水式に既に記載されていたと記され、宇多天皇は自らが寛平年間に民間の風習を取り入れて宮中に導入したと記している(『宇多天皇宸記』寛平2年2月30日条)。この風習は『土佐日記』・『枕草子』にも登場する。

その後、旧暦の正月(現在の1月~2月初旬頃)に採れる野菜を入れるようになったが、その種類は諸説あり、また地方によっても異なっていた。現在の7種は、1362年頃に書かれた『河海抄(かかいしょう)』(四辻善成による『源氏物語』の注釈書)の「芹、なづな、御行、はくべら、仏座、すずな、すずしろ、これぞ七種」が初見とされる(ただし、歌の作者は不詳とされている)。これらは水田雑草ないし畑に出現するものばかりであり、今日における七種類の定義は日本の米作文化が遠因となっている。

江戸時代頃には武家や庶民にも定着し、幕府では公式行事として、将軍以下全ての武士が七種がゆを食べる儀礼を行っていた。

ソフィア

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