シューベルト~その深遠なる歌曲の世界~3-④・・・(34号)

 「Schubert~その深遠なる歌曲の世界~」(3-4)

                     杉本知瑛子(97、文・美(音楽)卒)

 *ゲーテ時代(1770~1830頃)
 「1770年から1830年にかけての、約60年間をドイツ文学史では普通ゲーテ時代といっている。
文学史家 ヘルマン・アウグスト・コルフ(1882~1963)が、この時代について大著『ゲーテ時代の精神』(1923~57)を著して以来、それは殆ど一般的な概念となっている。
コルフのいうゲーテ時代の精神とは、じつはゲーテの時代精神なのであり、さらにはゲーテ精神の時代といいかえることができるだろう。」(『人間ゲーテ』小栗浩著、岩波新書、1979)

 以上に述べられているように、当時の時代精神はゲーテであるといって過言ではない。
そこで、ゲーテの「象徴」についての考えと、ゲーテと親しいロマン主義哲学者シェリングの考えを記しておこうと思う。

「真理は神的なるものと同様に、われわれには直接認識されえない。われわれがそれを見るのは、ただ反映、例示、象徴においてだけである。われわれは、そこに把握しがたい生命を認めざるをえないが、それにもかかわらず、理解したい望みを断念することはできない。」(JA.40,55)
                      (JA.=ゲーテ発行の雑誌『形態学のために』)        

「特殊なものが、普遍的なものを、夢想や幻影としてではなく、探求すべからざるものの、生きた瞬間的啓示として表現するところに、真の象徴がある。」(JA.38,266)

 「芸術的表現の最高なるものは、象徴的表現である。象徴とは、普遍と特殊との絶対的無差別である絶対者を、特殊の内に表現する唯一の可能な方法である。それは、図式的(悟性的思惟)と比喩的(行為)という二つの表現法を統一せるものである。象徴においては、意味と存在は同一であり、神々の姿は、そのまま実在的なるもの、存在そのものである。」
                     (『十九世紀の哲学』立野清隆著、世界書院、S.56)

 このように、シューベルト時代の時代精神の潮流を考察すると、ドイツにおける小国分立主義と絶対主義の必然的結果と考えられる、田園小説や民話や民謡など、ドイツ文化の豊かさから引き継がれた、ロマン派運動という文学界の流れがあった。
この文学運動と相まって、哲学においても、スピノザの哲学(神即自然)が、ギリシア的汎神論と結びついて多くの支持を受けていた。
ヘルダーやゲーテ、ベートーヴェンなどの自然観は、スピノザからの影響であると考えられていた。

 シューベルトが尊敬し、最も多くの影響を受けていたと考えられる、ゲーテやベートーヴェンなどとも親しい、ロマン主義哲学者シェリングは「主観=客観」という分極性の対立概念の統一としての自体存在が、「自然」であると考えていた。そして、芸術は自然の完成であり、その芸術的表現の最高のものは、象徴的表現である、と考えたのである。
こうしたロマン主義思想という新しい潮流の中で、シューベルトは官吏や文学者や芸術家など、多くの知識階級の友人達とともに、その時代精神の中で生きたのである。

 リートにとって詩とは重要な要素であり、歌詞として詩を伴っているということが、リートの音楽としての特殊な位置づけの条件でもあるのであれば、詩が文学作品である以上、その作品の持つ文学性(思想性)に、音楽内容もその制約を受けずにはいられないのは当然である。しかし、詩の解釈にはどうしても主観的要素が混じる。

 そこでこれからは、(単なる詩として作曲したのではない)詩の連作による作品からシューベルトの世界を覗いてみたいと思う。
詩の連作(ものがたり風)による作品は、シューベルト歌曲の最高峰とされている『美しき水車小屋の娘』と『冬の旅』の2作品がある。

*『美しき水車小屋の娘』
1823年ドイツの詩人、ヴィルヘルム・ミューラー(1794~1827)によって書かれた連作詩(1821年に出版)に作曲されたもので全20曲。
青年の恋と失恋を歌うものがたりとなっている。
 *気分の高揚や明るい部分も含まれており、主人公が唯一の登場人物ではなく、恋人やその父親、また恋敵も現れている。そして擬人化されたような小川との対話もあり天使も現れる。
色彩的にも爽やかな夏を表わす緑が基調となっている。

*『冬の旅』
同じく、ヴィルヘルム・ミューラーの失恋した青年のさすらいの旅を描いた詩集『冬の旅』(1823)に曲をつけたもの。シューベルトの最高傑作とされている作品。
 *この曲集においては、他人との関係というのは全く絶たれており、恋人との思い出も全て過去の出来事としてしか現れれてこない。
また、この作品では主人公でさえ、ぼんやりした輪郭しか与えられていない。若者か壮年か老人?か、それさえはっきりしない。
 だがそのかわり、自然というものがよりいっそうはっきりと浮かび上がってくる。
吹雪・氷で覆われた小川・葉のない木々・不毛の凍てついた大地・そして暗いドイツの冬の原野は、旅する男の心の中と同じように無彩色の世界である。

そのような自然の中で、恋する男の生への執着と諦め、そして死への憧れとともに反復される嘆きを形成してゆく主人公の感情の葛藤が、長く絶望的に歌い続けられる、全24曲。

*ヴィルヘルム・ミューラー(1794~1827)
 ベルリン大学に学び、デッサウのギムナジウムの教師、図書館長となった。
民衆的心情のこもったロマンティックな詩を多く書いた。
彼の詩は、形式と創造的精神、そして特に歌に作り易い特質を持っている。
ミューラーは屈折の無い感情至上主義と、その頃台頭しつつあった懐疑的精神との分岐点にあったという点で、その時代の典型的な人間像となっている。

 シューベルトにとって『冬の旅』は死の景色の中の旅である。
旅人はシューベルト自身の自画像であると考えられるし、どの言葉も彼の苦しみの表現・象徴となっている。苦しみの歴史が24の曲となって示され、解消することの無い諦めの内に終わる、極めて陰鬱な悲観論のような曲である。
『冬の旅』の中で、恋人に象徴されるものは憧れの対象である。
それは『冬の旅』第23曲目の「幻の太陽」で歌われるように、希望・愛・生命であり、またそういったものに満たされているユートピアへの願望でもあると考えられる。

 ミューラーのこの田園詩は、田園詩であるがゆえにギリシア時代のプラトンのユートピア(『国家』“Politeia”)より続く牧歌の伝統としての、楽園幻想を含むと考えられるのである。
 幸せだった昔の自然に抱かれていた悦び、そして今、自分を取り巻く現実の世界の苦しみ。
それらの対比が、より深い悲しみとなってゆくのである。
こういった楽園幻想を内在させる田園詩は、『冬の旅』の場合、まさに楽園(恋人)への夢と絶望の詩となっていったのではないだろうか。

 シューベルトの場合は、その田園詩における楽園幻想の諦念と現実のシューベルトの絶望が、みごとに一致したところで、『冬の旅』の作曲がなされたと考えられるのである。

(本稿「シューベルト2-4」でも述べたとおり、シューベルト歌曲約600曲の中、同時期に1つの詩で2曲作曲している作品は約40曲、3~5曲作曲している作品は5曲ある。それらに比べると『冬の旅』24曲中6曲が、2種類の作品であるということは、シューベルトの『冬の旅』への愛着が、並ではないということが窺える。)

次回より『冬の旅』の作品を通じて、シューベルト歌曲の精神を尋ねてみるつもりであるが、その前に、全ての読者が知りたいと思うであろうシューベルトの絶望についてもう少し述べておく。

*シューベルトの絶望
1、初恋の女性(テレーゼ・グロープ)への失恋。

2、音楽家としての社会的地位に恵まれなかったこと。また経済的困窮から抜けられないという絶望感。
「哀れな楽師の僕に、何ができるというんだ?僕は、やがて、ゲーテの竪琴弾きのように、年老いて、戸口から戸口をさまよい、パンを物乞いして歩かなければならなくなるだろう。」
                  (バウエルンフェルト『若干のこと』1869年4月21日)
3、オペラ作曲の失敗。
これは当時の検閲が厳しく、シューベルトは政治的要注意人物として、警察のブラックリストに載っていたことも災いして、台本に恵まれなかったということが、大きな原因であると考えられる。

4、慢性の頭痛と性病による絶望感。
                            (元声楽研究家:杉本知瑛子ピアノ声楽研究所)
                          

               

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