シューベルト~その深遠なる歌曲の世界~2-④・・・(30号)

「Schubert~その深遠なる歌曲の世界~」(2-4)
                  杉本知瑛子(97、文・美(音楽)卒)

 
 前述「2-3」のように、ヴェルクマイスター音律は調子記号による調性感を、はっきりと表現できる音律なのである。

 シューベルトの慎重な調子選びは、オリジナルな調と変えて演奏すると曲の雰囲気や転調の効果が変化してしまい、詩のイメージさえもが変ってしまうことでも分かる。

 シューベルトの作品を調べると、一つの詩を、異なる調で作曲している作品があるのに気付く。それは特にシューベルトが好んで作曲したゲーテの作品では8曲、『冬の旅』では5曲ある。また、初期の作品(D.142)では、一つの詩で5曲作曲し、3種類の調を使っている曲もある。(注1)

 1858年、ヨーゼフ・フォン・シュパウンが『フランツ・シューベルトとの私の交友に関する記録』で述べている。
「・・・・彼のリートの伴奏は難しすぎ、調がしばしば実に複雑だという評判なので、彼自身の利益のために、その点配慮してもらいたいのだが、と出版業者達が彼に言うと、彼はいつでも、こう書くことしか出来ないのだ、僕の作品が演奏できない者はしなければいい、調などどうでもいいという者は、そもそも音楽が分からないのだ、と答えたものだった。・・・・・」

このようなエピソードで、シューベルトは慎重に調の選定をしていたことが分かるが、慎重な調選定の土台にあるものは、古典音律による“調性感”の表現であると考えられる。
シューベルトにおける“調性”や“転調”の意味を調べるには、この古典音律を基礎とした音の中で考えねばならないであろう。

(注1)シューベルトは、『冬の旅』24曲中6曲を2種類の作品として残した。
 その内5曲は異なる調子で書いている。
 シューベルトの歌曲約600曲の中、同時期に一つの詩で2曲作曲している作品は約40  
 曲、3曲~5曲作曲している作品は5曲ある。
 それらに比べると、『冬の旅』24曲中6曲が2種類の作品であるということは、シュ 
 ーベルトの『冬の旅』への愛着が、並みでないということを示している。
そのような『冬の旅』についての詳細は、後日改めて述べたいと思っている。

それでは最後に、各種調律法の変遷について簡単に触れておく。

       〔各種調律法の変遷〕
和声的な音律
自然倍音律
基音周波数の整数倍を音高にとる。(金管楽器の出現はエジプト時代)
 ギリシャ時代→20世紀~現代

純正律
主要3和音をゼロ・ビートにとる。
 ギリシャ時代→(中世はアラブへ伝承)→16~19世紀

ミーン・トーン音律
すべての長3度をゼロ・ビートにとる。
 17世紀頃→18~19世紀

調性的な音律
ウェル・テンペラメント
黒鍵をピタゴラスに、白鍵を純正律、またはミーン・トーンにとる。
 17世紀後期(ヴェルクマイスター音律)→19~20世紀(キルンベルガー音律)

旋律的な音律
ピタゴラス音律(三分損益法)
すべての5度をゼロ・ビートにとる。
  ピタゴラス音律・・・オリジナルのグレゴリオ聖歌
  (ギリシャ時代→16世紀頃、・・・20世紀~現代)
  三分損益法・・・・・日本の伝統音楽・民謡・子守唄・ヨナ抜き音階の唱歌・
            演歌
  (ギリシャ時代→20世紀~現代)

平均的な音律
1、12等分平均律
オクターヴを12等分に分割する。
(1636:メルセンヌ(フレット楽器)、1842:ピアノ、1854:オルガン→20世紀~現代)

 純正律は、完全に協和した音で構成されているが、実際の演奏時には、ピアノなど調律を必要とする楽器では、演奏する各調ごとの調律変更が必要となり大変不便である。そのため、実用的に考え出されていったのが古典音律であった。

古典音律の時代の流れは、要するに(すべての長3度をゼロ・ビートにした)純正律を実用化した意味をもつ「ミーン・トーン」と、完全なゼロ・ビートの5度と不純な3度をもつ「ピタゴラス音律」、そして「ウェル・テンペラメント」である。
ウェル・テンペラメントには、大バッハが使用した(ヴェルクマイスターが考案した)音律や、バッハの弟子であったキルンベルガーが考案した音律などがある。
*ヴェルクマイスター音律は20世紀には平均律と誤認されていた。

 「古典音律」については今回で終わり、次回よりシューベルトの伝説の一つでもある
「教養と詩の選定態度」について述べたいと思っている。 (続)
             (杉本知瑛子:元声楽研究家)
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「資料」      

《全音階的音階の音高に関する各調律法の比較》・・・(数字はセント値)
*音階

音名        ハ(C)  ニ(D)  ホ(E)   ヘ(F)   ト(G)   イ(A)   ロ(H)   ハ(C)
_______________________________________________
平均律(12等分)  0    200 400 500 700 900 1100 1200
純正律
(ハ長調)   0    204 386 498 702 884 1088 1200 
(イ短調自然短音階 )0 182 386 498 702 (開始音)884 1088 1200
ミーン・トーン   0 193 386 503 697 890 1083 1200
ピタゴラス      0 204 408 498 702 906 1110 1200
ヴェルクマイスター
 (ハ長調)  0 192 390 498 696 888 1092 1200
(嬰ハ長調) 移動ド0     204 408 498 702 906 1110 1200
    
キルンベルガーⅢ
(ハ長調) 0 193 386 498 697 890 1088 1200
(嬰ハ長調)  移動ド0 204 408 500 702 906 1110 1200
__________________________________________
__________________________________________

*音程
      半音階的半音 全音階的半音 全音    短3度    長3度     5度
_______________________________________________
平均律    100      100      200      300      400       700
純正律
(ハ長調)    70      112   小182 大204 (ニヘ294)316   386  (ニイ680)702
(イ短調)    70      112   小182 大204 (ロニ294)316   386 (トニ680)702
ミーン・トーン  76      117      193     310      386       *697
ピタゴラス    114      90       204     294      408        702
ヴェルクマイスター
(ハ長調) 不定(90+α) 108    192 198 204   最良312    最良390     697 702
(嬰ハ長調)   114     90      204      294      408      702

*5度が短3度と長3度の和と違っているのは四捨五入のためである。

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