天川貴之(30)~新生日本建設の時代(5)・・・41号

   新生日本建設の時代(5)

     戦後見失ってきた三つの柱の再興

                        天川 貴之(91、法・法律)

第五節 新生日本建設の時代

戦後七十年の時期を、大いなる大転換のターニングポイントとして、これより後、日本は新生日本建設の時代に入ってゆく。

新生とは、新たに生まれ変わるということである。永遠普遍なる理念とは、季節が春夏秋冬と輪廻するように、輪廻してゆくものである。そして、その時代、その時代の理念を、「時代精神」という名で呼ぶのである。

新生日本の時代精神とは、三本の柱を持つ。第一の柱は「理念の革命」であり、第二の柱は「精神的ジャパニーズドリーム」であり、第三の柱は「新生日本精神」である。

これらは、戦後七十年においては見失われてきたものであって、今の時代に最も欠けていて、また、最も必要とされている理念的支柱である。

家を建てる際にも、大きな柱が必要であるように、新しい日本を建設してゆくためにも、大きな太い理念的支柱が必要なのである。この柱は、永遠なる柱であり、崇高なる柱であり、金剛石の如き柱でなくてはならない。

そして、こうした柱を打ち立ててゆくものは、今の時代を生きる国民一人一人なのである。個人の心は、深い所で全体の心とつながり、民族の心、世界の心とつながっている。そして、時代精神が、すべての人の心の内奥には、確実にあのマグマの如く脈打っているものなのである。

体全体の遺伝子の情報が一つ一つの細胞の中に組み込まれているように、また、オーケストラの演奏の楽譜が一人一人の楽団員の手元にあるように、新生日本建設の縮図は、一人一人の心の中に必ず発見しうるものなのである。

故に、「理念の革命」は、まず何よりも自分自身の心の内にこそ起こらなければならないし、「精神的ジャパニーズドリーム」のうねりも、まず自分自身の心の内奥なる夢として思い出されなくてはならない。また、「新生日本精神」にしても、一人一人の日本人の心の奥底に眠っている永遠の日本的精神性に一人一人が目覚めてゆくことが大切なのである。

そして、また、「理念の革命」も、「精神的ジャパニーズドリーム」も、「新生日本精神」も、個々別々に成してゆくものではなくて、トータルな意味での、一つの仕事、一つの使命であると言えるのである。

一人一人の精神的ジャパニーズドリームとは、まず、自己の内なる個性的理念を発見する所から始まる。個性的理念とは、自己固有の個性的なる精神的ジャパニーズドリームの種子のことである。

これを限りなく成長させてゆけば、それが真なる自己実現となり、真なる「理念の革命」の一つとなるのである。そして、一人一人の夢の実現の総合的な姿こそが、新生日本建設の姿なのである。

新生日本とは、いわば、大きな花園のようなものである。そして、天より、この戦後七十年の日本の土壌に、数多くの夢の種子が蒔かれているのである。

その夢の種子の一つ一つには、固有の理念がこもっている。そして、その華の種子がその芽を伸ばし、華を開かせる時期が、新生日本建設の時期であると言えるのである。

戦前七十年と戦後七十年の百年を越える歴史を序曲として、我々は、今、新しい百年の歴史を新たに始めんとしているのである。

新生日本ルネサンスの序曲は、それ自体が未来の日本の姿をうっすらと予感させるものであった。我々は、確かにその序曲を受け、これより本格的な新生日本建設の時代の幕を開けてゆくのである。

百年後の大いなる歴史の成果を期して、我々は、一日一日を黄金の時間にするべく、過去にも未来にも深く感謝しながら、「永遠の今」を生きてゆかなくてはならない。

新しい古事記創造の序曲は既に奏でられている。これより、数多くの知恵と愛と芸術の宝石をその中に散りばめた一大物語を創造してゆかなくてはならない。

そのためには、過去の百年と未来の百年を見透かす透徹した時代認識を持ち、心の奥の奥なる自己を常に掘り下げながら、より普遍的なる自己に新生し、心の奥の奥よりの聖なる情熱を常に湧き出させておかなくてはならない。

一人一人が聖なる情熱に目覚めることなくして、真に国家的偉業を成し遂げることは出来ない。いくら崇高なる理念があったとしても、それを実現化する原動力は、一人一人の聖なる情熱に裏打ちされた剛き信念なのである。

同時代のすべての方々が、今という時代に生き、新生日本建設の使命を聖なる自己の大志とし、大いなる夢として生きてゆくことが出来たならば、これより後の日本の未来はどんなにか光輝き、大いなる光明を放つことが出来ることか。

今の時代は、無関心な時代、無気力な時代だと云われている。一人一人が、自分という、現在という小さな殻に閉じこもり、政治や経済や日本の未来に関して、関心を示さない時代だと云われている。

しかし、これは何と不毛なる人生を招く生き方であることか。一度、心奥なる理念の眼を開いて今の時代を観てみれば、これ程に大いなる希望に光輝いている時代が他にあるであろうか。

今という時代をつまらなく見せているものは、自分自身の精神の眼であり、それは一種の錯覚なのである。本来の姿ではないのである。

人間は、本来、自己の精神、自己の理念を、大いなる志の下に完全燃焼させてゆく時期に、最高の幸福を感じ取ることが出来るものなのである。その秘訣は、永遠普遍なる理念に目覚めること、理念を照らし出す精神の眼に目覚めること、そして、大いなる夢を描いてゆくことである。

かつて、クラーク博士は、「青年よ、大志を抱け」という言霊をもって、新時代の日本を創る柱となる青年達を育てられたということは有名な史実であり、また、かの吉田松陰であっても、何よりも、志を抱くことの大切さを訴えかけられ、明治維新の原動力となる幾多の青年を育てられた。

いつの時代においても、大志を抱く所から歴史は始まり、回天してゆくものなのである。大いなる志こそが、天をも動かし、地をも動かし、歴史をも動かしてゆくのである。

だから、人々よ、共に「理念の革命」の大志を抱こう。共に「精神的ジャパニーズドリーム」の大志を抱こう。共に「新生日本精神」の大志を抱こう。そして、積極的に新生日本の運命を一致団結して開拓してゆこうではないか。

一人一人の内なる可能性は無限である。湧き出でても、湧き出でても、未だ尽きぬ無限なる力の泉が実在するのである。

故に、新生日本建設の可能性もまさしく無限である。無限なる理想郷が、我々の精神の内には、そして、未来には開けているのである。

かつて、ケネディが、「ニューフロンティア」の理想を掲げられたことがあったが、まさしく戦後七十年のこの時期、新生日本の前には、無限のフロンティアが開けているのである。

無限への挑戦こそ、現代を生きる我々日本人の合言葉にしなくてはならない。まさしく、人類史上最高最大の理想郷を、新生日本建設の内に実現してゆくことは可能である。

かつて、プラトンが最高の理想とされた理念の国、かつて、キリストが最高の理想とされた神の国、かつて、神武天皇が最高の理想とされた大調和という意味での八紘一宇の大和の国が、新生日本建設において実現することを心より願い、天への祈りとしたい。

(完)

(天川貴之:JDR総合研究所代表・哲学者)

*「新生日本建設の時代」(1)~(4)は、HP「ゆきちくらぶ」の「アーカイブ」内、

「天川貴之」または「新生日本建設の時代」の検索で、全作品を読むことが出来ます。

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