白石10)CherrieとSweetieのひそひそ話(2)・・・21号

CherrieとSweetieのひそひそ話(2)

              嬬恋(つまごい)の冬

                                            白石常介(81、商 卒)

                            (台湾三田会顧問、前副会長)

「“ジャ ジャ ジャ ジャ~ン ジャ ジャ ジャ~ン ジャ ジャ ジャ~~ン...” 

白銀は招くぜ、誰を? もちろん俺様を。

Sweetie、俺、スキーは初めてだけど、この格好プロ顔負けだろ?」

「確かに。特にその真っ赤なマフラーがね。風切って滑ったら相当いけるよ、もしも“ほおかぶり”じゃなかったら」         

「おいっ、その“もしも” とは何だ、もしもとは? 

ちっとばかり寒(さみ)いから耳まで隠して、...えっ、あれっ? 周りは帽子とピッタリメガネ(実はゴーグル)...。

おい、Sweetie、何だか少し変だぞ?」

「そうさ、だから言ったんだ。Cherrieが勝手に選んじゃうから...。

そのメガネ、トンボのメガネだろ? 目のところがまん丸、しかも大きくて、滑ったらすぐに落ちちゃうよ」

「やっぱり...、何か変だと思ったんだ。早く言ってくれ!

しかし俺たちさあ、上に動くヘンテコな椅子に乗ってもうゲレンデのてっぺんだぜ。

後はもう下りるしかねえんだろ?」

「ヘンテコな椅子ってリフトのことね。それにもう上に来たから後は当然下りるだけさ。

でも君なら大丈夫。だって何をやっても天才だろ?」

「そうよ、当然! そうだよなあ? ほんとだよなぁ? おいっ、何とか言ってくれょぉ...」

「へえ~っ、Cherrie、君でも恐怖を感じることってあるんだ」

「そっ、そんなこたあねえけど、下をのぞいたらよお、まっすぐかっ飛んで滑ったら赤いマフラーがすっ飛んじゃうんじゃあねえかって...。この赤いマフラー君、俺から離れたくねえようだから、かわいそうだろ? ...なあ、そう思わねえか?」

「Cherrie、この斜面は最大斜度が39°もあって(実はそこまではないが)コブもかなりあるし。だから言っただろ、スキーが初めてならもっと易しいところで滑ろうよ、って。

そしたら君が “39度”か...、高熱でカッカして燃えるぜ、サンキュー、サンキュー” ってさ。

しかもここをまっすぐ滑る? 冗談だろ?」

「おいっ、ちょっと待った!スキーってちょこまかしねえでまっすぐ滑るんだろ? だから俺様の性格にバッチリだって...何? 違う?

「もちろんまっすぐ滑ってもいいよ。でもスピードがどんどん出ちゃったらどうする?」

「そしたら当然、超でっけえ声張り上げてよお、“止まれ~、止まりやがれ~、このあほんだら~っ!”...違うか?」

「声を出して止まれるんなら誰でもするよ。例えば“上に滑りやがれ~”って怒鳴ったら上に進むかい? だったらリフトはいらないよ。

それにCherrie、大声は別の場所で出せばいいんだ。キャベツ畑の中の“愛妻家の聖地”ってところで、秋にね。

普段は“愛しているよ、なんて恥ずかしくって言えるかっ。そんなこと当然分かってるだろ、夫婦なんだから”って思っている人がたくさんいるようだけど。

でもね、言われる方は直接五官で感じ取ることができるから体全体で素直に受け入れられるし、言う方も自己の五官をあらためて刺激できるしさ。

心の中で思っていることやあいまいに表現していることで、正確に伝わってないことって結構あるんだよ」

「おうっ、それ知ってる。よく政治家が使う “考えておきます” ってやつもだろ?」

「そう。日本人にとっては便利な言葉だけど、外国人にとっては “いつ? ほんとに考えてくれるの?”ってね。だって、ほんとはその場をじょうずに逃げるための表現なんだから」

「講釈はそれだけ? 俺は場所はここでいいから早く大声で叫んでみてえ、いいか?」

「いいけど、何て?」

「早く何とかしてくれ~~、もうちびりそうだ~~っ!」

その後、2匹のワンちゃんは下にも動く超便利なヘンテコな椅子に並んで座っていた。

Cherrieはというと、ゲレンデを横目に恨めしそうにちょこんと座り、あごの下で結んでいた赤いマフラーを鼻の下に結び替えて、相変わらずトンボのメガネをかけたまま下を向いて少し恥ずかしそうに...。えっ、それじゃあ、捕まってしょんぼり座っている滑稽なねずみ小僧!?

ここは北関東の西端、鶴舞う形の群馬県の西北に位置する嬬恋村。

上信越高原国立公園の一角にあり、見る人に生(なま)のエネルギーをこれでもかというほど与えてくれる浅間山や本白根山など大自然の山々に囲まれ、浸かるだけで身も心も癒やされる万座温泉や鹿沢温泉など良泉を有する幾多の温泉もある。

ほぼ全域が標高1,000メートル以上の高地にあり、夏は冷涼で湿度が低く避暑地としてもにぎわい、この冷涼な気候を活かした高原野菜の栽培も盛んであり、特にここの高原キャベツは超が付くほど有名である。

嬬恋村の名前の由来は、第12代景行天皇の皇子である日本武尊(やまとたけるのみこと)が、海に身を投じた愛妻の弟橘姫(おとたちばなのひめ)を追慕のあまり、“吾嬬者邪(あづまはや):ああ、わが妻よ、恋しい”と嘆かれ亡き妻をいとおしまれた、という故事にちなんで名付けられたそうである。

また最近では浅間高原一帯が一大別荘地としても脚光を浴びつつある。

都会での日常の機械的な対応、他人的な営み、無機質な風情、...積もりに積もり両肩にずっしりとのしかかっている古株のストレスを、大自然の心地よい風がザワザワッ、ヒュ~っとゆっくりとていねいに一枚一枚はがしては、はるかかなたに優しく運んでくれる。森の隙間から柔らかい木漏れ日が差し込むある日の午後、別荘のテラスでアフタヌーン・ティーをいただきながら静かに瞳を閉じ...。

<浅間山>          <高原キャベツ>

冬の嬬恋も乙なものである。

JR万座・鹿沢口より車で50分ほどのところにある万座温泉スキー場。

初心者でも上級者ではないかと思うほどさらさらと滑りやすい雪質、浅間山を始め周囲の山々を眺めながら頂上から一気にふもとまでかっ飛び、そのまま温泉にドッボ~ン、...極楽極楽、と、いきたいところだが...。

「Sweetie、俺、死ぬかと思ったぜ。あの上からまっすぐかっ飛んできたら、途中のでっけえコブでジャンプしてそのまま間違いなく天国行きだ。

...しかし俺様としては残念ではあったな」

「どして?」

「だって一度は経験してみたかったからさ。

天国に行ったら、酒はうまいし、ねえちゃんは奇麗なんだろ?」

「ご勝手に。じゃあもう一度上まで行く?」

「いや、俺はそんな無駄なことはしねえ。椅子代がかかるだろ? 何せ俺様は倹約家だから」

「じゃあ、その赤いマフラーとトンボのメガネ、それ高かったんだよね? 

“高いけどカッコいいぜ”って言ってたけど、あんまり実用的じゃあないし...」

「そんな大昔のことはほっといてくれ!」

いい汗を、いや、冷や汗をかいた後はここ万座温泉でひと風呂。

万座温泉は海抜1,800メートルの原生林に囲まれた上信越高原国立公園の中にある高山温泉郷であり、江戸末期に湯宿が建ってから知られるようになった。1日およそ540万リットルの湧出量があり、その泉質は20種類以上で世界一の良泉質とも言われている。主にぜんそく、胃腸病、リュウマチ、皮膚病などに効果がある。

雄大な山々を頂く展望抜群の露天風呂にどっぷりと両肩まで浸かりそっと瞳を閉じてみた。一瞬、時が止まった。夢か、...そっと胸に手をあててみた。心臓の鼓動が手を通して聞こえてくる。

四季折々の大自然を体全体で満喫。新たな誘惑を一枚一枚どこにどのように貼りつけていこうかと想像をかき立ててくれる...。

風が肌をそっとやさしくなでていった。ちょろちょろと聞こえる温泉かけ流しの柔らかい優しい音と近くでさえずる小鳥の和音が共鳴し始めるころ、瞳をそっと開けてみた。

遠くの山々が雲の合間に恥ずかしそうに見え隠れし...。静かにしずかに時は流れている。

いいなあ、生きているって。

 

「Sweetie、温泉っていいなあ。体がフニャフニャにとろけちまう。

しかし、俺たちって毛深いんだなあ、...あらためてそう思うぜ」

「そりゃあそうだよ、Cherrie。だから僕たちワンちゃんなんだ」

「何だか恥ずかしいな。どこを隠せばいいんだ? 多すぎて隠せねえ。

あっ、ピンポ~ン、何だ、簡~単! 俺様の目を自分の手で隠しゃあ、な~んにも見えねえ...」

「最高だね、それって。誰にも思いつかない発想だよ」

「だろ? 俺様が天才といわれるゆえんさ。やっとわかった?」

「やっとわかったよ。天災って言われるゆえんが」

「...クンクンッ、...おおっ、これは、...これが悠久の太古から続く生きてる大地のにおいなんだ。豊かな大自然の中で育ったみずみずしい高原野菜君、きのこや山菜さん、...君たちのかぐわしい香りが厚く覆いかぶさった雪の下から微妙ににおってくるぜ。

俺様の鼻は特別だから冬でも十分に分かるんだ。お前も当然わかるよな」

「もちろんさ。天にまで届く湯けむりの立つ出で湯に浸かりながら大地のにおいを肌で感じ、来たるべき高原野菜君たちとのご対面を待ちわびながら、...いいねえ」

「名湯に浸かりながら往時をしのび、...どことなくロマンチックだなあ、俺様みてえに。

おいっ、ここで夜までいようぜ。ここは車で来られる日本最高所の温泉で星に一番近(ちけ)え出で湯なんだろ? だったら夜もめっちゃきれえなんじゃねえか」

「いいねえ、もしまだ湯舟の中でがんばれたらね。でもその時はフニャフニャどころじゃないよ」

「任しとけって。当然湯あたりしねえように...。

(あち)い、と思ったら湯舟からはい出し、ブルブルッと体を振ってお湯を振り払い、毛が凍り始めたら湯舟にドッボーン、極楽極楽、...熱(あち)い、と思ったら湯舟からはい出し、...ってな具合さ。

でもよぉ、高山植物が一斉に芽吹く春、樹木の緑が色濃くなる涼風の吹く夏、ナナカマドが色付き始める秋、そしてパウダースノーの冬。風情あるなあ、ここは...」

「ここに来ると誰でも詩人になれるんだね」

「おいっ、誰でもって、それどういう意味だ、そこだけ強調して?」

「トンメコーノ」

「何、それ?」

「へそ曲がりのCherrie式さ。ノーコメント」

 

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