白石常介(24)~雑文集「物申す隠れ家」・・・42号

    雑文集「物申す隠れ家」

白石常介(81、商卒)

いいお客・・・

出されたもの 体で食(しょく)す

出された酒 心で味わう

うまさと酔いと時間が渦巻く

人生の 至高のひととき

笑顔の支払い のれんを背に

ほかになし こんないい客

いいお店・・・

食したいもの そっと差し出し

味わいたい酒 そっと注ぐ

うまさと渋みと時間が溶け合う

人生の 至高のひととき

目と目で合図 にっこり微笑む

ほかになし こんないい店

願わくば 時間よ止まれ このままずっと

今宵もそよ風 のれんが踊る

“あっ、いらっしゃい。お二人さま、奥の席へどうぞ”

「こんにちは、鈴木です。またお世話になります」

「おうっ、なかなか感じのいい店じゃあないか、鈴木。マスターも人がよさそうな感じだし。

あっ、来た来たっ、これ俺の名刺。若くして××商社の海外部門の責任者。以後、お見知りおきを」

“あっ、どうも。え~っと‘無下 継久’読み方は‘むか つぐひさ’ですか?”

「そう、いい名前だろ、俺らしくって」

「あの~っ、部長、まずは飲み物を注文しましょう。マスター、すみません、ちょっと待ってください」

“あいよ~っ、(小声で)何だあいつ、偉そ~に。はは~ん、だから名前も‘むか つく’か”

「マスター、まずはビールをお願いします」

“あいよ~っ”

「なぁ、鈴木、ここのマスターは“あいよ~っ”ばっかで芸がねえなあ。少しゃあ別の言葉がしゃべれねえのか」

「部長っ、ここのお店はお料理もお酒もうまいし、あまり人には知られたくないんで隠れ家って言われてるくらいなんですよ」

「うまいかどうかは俺が食って飲んでから判断すりゃあいいんだ、違うか?」

「・・・」

“おいっ、母ちゃんよぉ、あの部長、あとどのくれえで帰(けえ)す?”

“あなた、そんなこと言うもんじゃありませんよ。だって、お客さまあってのお店なんですから”

“こっちだって選ぶ権利はあるぜ。あんなやつは早えとこ追い出しゃあいいんだ・・・おおっ、そうだっ、こんなときって俺の頭は特にさえるんだよな。‘今日はカンビールしかねえんだけど’って言えばさあ、たぶんあいつは‘しょうがねえなあ。まあ無(ね)えよりましだ、それでいいからくれ’って返事するだろう。

そこでだ、俺が‘あいよ~っ’ってニコニコしながら気が抜けた温(あった)け~えビールを持ってってどう反応するかだ、おもしれえだろ? だってよお、‘燗ビール’でいいって返事したんはあいつなんだからな”

今夜は最初からとんでもない客が、いやいや、マスターにとりのどから手が出るほど大好きな客が飛び込んできた。今宵は、はなからストレスが勝手に飛んでいく。

しかし、客も客だ。まさかこのビールを本当に飲むなどとはさすがにマスターもそこまでは読めなかった。一筋縄ではいかない。もう一本加えてしばいたろか。

マスターは最初から気合が入り、今宵はウキウキ。

次にやって来たのは個人病院経営の院長と婦長と若い看護師さん。個人病院といっても、もう祖父の代から三代続く名門だ。何でもそうであるが、長く続くのにはそれなりの理由がある。しかし時代の波は簡単には避けて通れない。

「婦長さんと看護師の瞳さんは、ここは今回が初めじゃあないんだよね」

「ええ、私は2回目、瞳さんは確か、私より1回多い3回目よね」

「そうです、よくお分かりですね。あっ、そうですよね、以前初めてご一緒したときに“次は近いうちに必ず夫を連れてきます”って言いましたから」

「旦那さんも幸せよね、こんないいところに連れてきてもらって」

“母ちゃん、今度のお客は長居をしてもらおうぜ”

“はいっ、もちろん喜んで”

「あっ、おしぼりありがとう。ここのお店は初めてなんだけど、実はずっとそわそわし

ていたんだ、今朝から」

「そうなんですよ。院長先生には事前にお店の情報を差し上げてたんです。そのせいか

今日のお昼はいつもよりずっとずっと少な目だったんですよ。

同僚の看護師さんたちも“いつもは奥様の豪華な愛妻弁当なのに今日に限って質も量も貧弱。今朝夫婦喧嘩でも? いや、ご夫婦はそれはそれは仲がよろしいのでちょっと考えられないわね。まさか、院長先生の浮気がばれた?”何てうわさしてたんですよ。

真実を知っているのは私たちのみ。何だか推理小説を読んでるみたい。でも、院長先生っ、院内感染はすぐに広まるんですよ、気を付けた方が・・・」

「へえ~っ、知らなかった、今日はそんなうわさをしてたんだ。でも自分にはあり得ないことだよ」

「そうっ?“お店には瞳さんと一緒に手をつないで行こうか”何て確か言ってましたよねえ。それほど待ち遠しかったのでしょう、女性と手をつなぐのが、ねっ、院長先生?

では、ここでひとつ質問。なぜ手をつなぐのは婦長の私とではいけないの?」

「いやいや、それはその~っ、年齢がっ、いやっ、まだ手をつないだことのない人と、と思っ・・・」

「あれっ、へえ~っ、私いいこと聞いちゃいました。今度婦長さんに叱られたとき、強力な反撃理由ができました。婦長さん、そうだったんですね。

お宝の情報をどうもありがとうございます。おおきに、謝謝、Thank you 」

「そんなのもう100年前のことよ、ハハハッ(墓穴・・・)」

遠い親戚より近くの他人、近くの他人よりもっと近くの、何のこっちゃ・・・。

「ウォッホン・・・ところで、ほら、昨日も話題になった病院経営の話だけどさ」

“あの~っ、横から口出しして申し訳ないんだけど、聞いてもいいかい?”

「うん、いいよ。どの業種でもそうなんだけど、ご多分に漏れず病院も個人経営は大変だよ、って話してたんだ」

“そういうことだったんだ。そりゃあ、みんな大変だよ。うちだって同じさ。

あっ、そうだ、今まで気になってたことがあるんだけど。もちろんそちらの病院のことじゃあないけどさ。

もし風邪をひいて病院に通ったとして、よく効く薬を出して早く治ってもう病院に来ねえより、あんまり効かねえ薬で何度も通ってもらった方が病院の報酬は増えるだろ。

年配者が足腰が痛くてもう1年以上同じ病院に通ってるのにまったく治らねえ、なんて話もよく聞くけど、早く治らねえようにしているんかなあってさ。詮索はよくねえけど、一般論としてどうなんだい?

腕のいい医者がいる病院のうわさがたてば、そんなことをしなくたって患者さんは増えるんじゃあねえのかい”

次のお客は同僚の教師二名。何やらまじめな会話が始まった。お店に入る前からの話の続きらしい。

「さっきの続きだけどさあ、最近思うんだけど教育の現場って今のままでいいのか?」

「どうしてだい? だって何も問題がなけりゃあそれでいいんじゃないの。うちの学校は別に暴力も起こってないし、それに毎年同じことをやって問題になってないし。それをわざわざ変えることはないよ。変えて問題になったらどうすんだ、責任取れる?」

「おまえ、情けないねえ。そんなことでいい教育ができると思ってんの? テストでいい点とりゃあ褒めてるけどさあ、だから今の子どもたちはコピー人間になっちまったんだぜ。自分の頭で考えなくて解答を丸暗記だ。情けねえなぁ。社会に出たら応用が利かなくなるぞ」

「いい点数とっていい学校に入れればそれで父兄からも評価されるんだから、それでいいんじゃないの。仕事だと思って割り切ればさあ」

「おまえ、本気でそんなこと考えてるのか? 某会社の新入社員のインタビューがどっかに載ってたぞ “将来は社長になりたいですか、ですって? 冗談言わないでください。そんなに頑張らなくてもいいし、責任も取りたくないし、早く退職して年金でゆっくり暮らせればそれでいいんですよ”だってさ。あきれちゃうよ。でもそれと同じことだぜ」

「それでもいいんじゃないのか、別に。あくせくすることもないしさ」

「おまえとはまったく次元が合わねえな。子どもたちの身になって考えてみろ。今後経

験したことがねえような大変なことがどんどん起こってくるんだぞ。過去のデータがね

えからって何も対応できなくなってもいいのか。頭を使って考えさせなきゃだめだろう

が。もっともおまえには子どもがいないから人ごとのように言えるのかもな」

“母ちゃん、俺さぁ・・・”

“あなた、それ以上言わなくてもいいわよ、何が言いたいか分かるから。‘なっさけね~~っ、しばいたろか’だろ?”

“はい、おっしゃる通りで・・・”

今宵最後の客は農業を経営しているお二人。

“あっ、いらっしゃい。ニュースで聞いたよ。今後は大変だねぇ、TPPが・・・”

「そうなんだ、聞いてくれる? 俺たちさぁ、米も野菜も作ってるからもろに影響が出るんじゃあねえかって。安く買いたたかれるだろうしよお」

「まったくだよ。僕んところはでっけえ機械を入れたばっかりだし、借金を返すだけで精いっぱいだ」

“だけどさあ、いずれはそうなるんだから、そのうえでこれからどう対処しなきゃあならねえかってことだろ?”

「そういうこと。でもさあ、よ~く考えてみると、今までは政府の手厚い補助があったからそれにあぐらをかいてたんだよな、俺たち。つまりほとんど努力していなかったってことさ」

「そんなことないけど、今までのようにやってたらだめだよね。発想を変えなくちゃあ」

“例えば?”

「例えば、外国から安いものが入ってくるのは間違いないんだから、同じようにこっちも安くする努力をする、って考えたらだめなんだ。だって、作付面積やら何やらで絶対勝てっこないからね。簡単に言うと、これからは品質と独自性で勝負さ」

「そうっ、まさにそうだ。俺たちには日本の伝統があるだろ。技術的な伝統、さらにいいものを創造していこうっていう伝統がさ。俺たちには本来大和魂のそういう心意気があるんだ、遺伝子の中に。それを眠らせておくこたあねえよ。

外から安いものが来たら“安いモノを買いたい人はそれはそれでどうぞ。俺たちは中身で勝負だからいいものを食べたい人はこっちにどうぞ”ってお客の差別化をすればいいんだ」

「そうだよ。値は張っても本物志向の人はいるし、そこまでは必要ないっていう人もいるし。いろいろな考えの人がいて、いろいろなモノがあって、いろいろな値段がある。

選択肢が多くてもいいんだよね」

“みんないいこと言うねえ。その積極性がありゃあどうってことないよ”

「でも気になることがあるんだぜ、マスター。俺たちはさあ、米でも野菜でも原則として無農薬栽培をやろうって思ってるんだ。当然、体にもいいしさ。

けどな、どこかの半官半民企業はよお、そこで販売する農薬を買って作らなかったら、できた農産物も買わねえってさ。これってあり?」

「そう、こればっかりはひどいよね。だってね、体に良くないから僕たちはできるだけ農薬を使わないようにしようって考えてるのに、そこの農薬を使った農産物しか買わないっていうことだろ。もちろん、全部が全部そうじゃあないけどさ」

“もしそうだとしたらTPP以前の問題だ。でもさあ、現状の体質を改善しようって政府機関も含めてみんな思い始めていると思うぜ。大丈夫だよ。

だってさ、パソコンや携帯電話が無くなったって人間は生きていけるけどよお、農産物が無くなったら人間は生きていけねえからな。母ちゃん、そう思わねえか?”

“思わない方がおかしいよ”

ここは隠れ家 人は言う

訳は知らぬが 人は言う

明日のために 愚痴を捨てに

いつでも 優しく待っている

食して想う まさにこの味

五臓六腑に ガソリン満タン

生きる意欲 明日への創作

陽はまた昇るか なぜ俺が知る

戸口を出ると 答えはそこに

みんなの笑顔 ほっこりと

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