白石18)雑文集7「小話四題」・・・30号

[雑文集(7)]  小 話 四 題

               

                   白石常介( 81、商 )

一.「元の木阿弥以上」

もう40も半ばに差し掛かろうとしている夫婦、当然二人。同僚たちは出世街道まっしぐら。夫も来年は念願の課長に昇進か?

「ねえ、あなた、そろそろ課長昇進の声も聞こえてくるんでしょ。だったら課長らし

くなるように頑張らない?」

「頑張るってどうやって?」

「そうね、見た目がもう少しスマートな体型とか、ごめんなさい。だって、そろそろあなたに課長になってほしかったから」

「そうだよな。おまえには苦労の掛けっぱなしだもん。課長婦人になったら鼻も高く

なるし、いろんなところにも二人で出席できるし」

そこで秋も押し迫ったころ、二人で何やら戦略的会議。

・戦略:課長に昇進

・戦術:評価されやすいよう、仕事も見た目(外見)もスマートで見栄えよく

さあ、昇進結果が出るまでもう半年を切っている。明日からではなく今日からでもすぐに始めよう、と思ったのはいいが、はて、何を?そう、先ほど打ち合わせた戦術通り、太り気味の夫の体型を上司からも見栄えがいいようにやせてスマートに。

夫だけに頑張ってもらうのは気が引けるとばかり、逆にやせ過ぎている妻も夫が課長になった際に見栄えがいいようにと、少しふっくらしようと計画。

それからというもの、夫は必要以外の夜の付き合いを一切やめ、“家→会社→家”の繰り返しの生活に一変。電車に乗っても帰りは必ずひと駅前で降り、常に家まで歩いて帰った。週末はスポーツジムで大汗をかくこと二時間。

妻はというと、もともと几帳面な性格で“朝食→掃除・洗濯→昼食→生け花・茶道教室→買い物→夕食→一日の反省”と、三食昼寝付きとは程遠い生活をしていた。そこで何とか少しでもふくよかな体型になるよう努力しようと思ったのはいいが、はて、どうしたものか。恐る恐る昼食後少し昼寝をしてみることに。

しばらくして夫は自分の生活にリズムが出てきたのか、どんどんスマートに変身していった。

では妻は? こちらは恐る恐るの昼寝のほかに、友だちに教えてもらった“お菓子を右手、飲み物を左手”のテレビ・ウオッチングの生活に慣れてしまった。一度いい思いをするとそこからなかなか抜け出せないのは世の東西を問わず...。

時がたつのはあっという間。さあ、昇進の内定まであと1ヵ月を切ってしまった。

ここまでの夫婦の努力の結果はいかに。

「もう1ヵ月もなくなってしまったか。あれからかなり頑張ってきたかいがあったぞ。  見てみろよ、今までのスーツじゃあぶかぶかさ、ほら。新調しなけりゃあな。もちろん昇進した暁にはだけど」

それにうなずいた妻の方はというと、ふくよかをはるかに通り越しブク余過に?!

「あなたが頑張っていたから私も何とか少しでもふくよかになろうと努力したの、ほんとよ」

「それは認めるよ。だけど程度ってもんがさ...」

「それは認めます、はい。あなたのためにと思ってやったことがこんなに...恥ずかしいっ」

「まあ、時間はあと少しあるから、その間に必要な差異の調整をしてみたら」

「そうね、そうするわ」

さあ、昇進内定の金曜日当日。その日、夫はいつになってもなかなか家に帰ってこない。夜遅~く玄関の戸をそ~っと開ける夫。状況により結果は言わなくても分かっていた妻。

お互い顔を見合わせると夫の方からひと言「ごめん...」

妻も応じ「いいえ、いいのよ、あなた。いい夢を見させてもらったし」

「次は頑張るから。また苦労掛けるけど」

「あなたはあなたよ、愛してるわ」

「俺も愛してるよ」

翌日は昼ごろまでゆっくり休んでいた。

「俺はまた来週から付き合いを始めるよ。新調じゃあなくって、ぶかぶかのスーツがまた着られるように、いつものマイペースでね」

「私も今はボタンがはち切れそうな洋服がしっかり着られるように、また規則正しい生活に戻すわ」

ここまでなら涙ぐましいラブ・ストーリーになるのだが...

課長になれなかったショックが大きすぎた夫。暴飲暴食がたたり、スーツを新調する必要がないほど数日でボタンもはち切れんばかりに...。

妻も夫の課長昇進が霧散し夢にまで見た舞踏会への出席が消滅してしまったショックのあまり、体中から脂汗。食事ものどを通らない。こちらも数日でスカートをはいてもゲンコツが楽に入るような細い体系に...。

二.「赤ちゃん誕生?」

昔々、一軒長屋にそれはそれは仲の良い夫婦が住んでいた。しかし、長年連れ添ってはいるがなかなか赤ちゃんに恵まれなかった。

面倒見のよい長屋の大家さんも常々そのことを気にかけ「おう、いっつも仲がいいねえ、うらやましいよ。ところでさあ、こんなこと言うと失礼かもしんねえが“クマさんとおタカさん夫婦は仲が良すぎて子に恵まれねえんじゃねえか”って皆の衆も心配してるんだ。“子はカスがいい”、えっ、いやいや、“子はかすがい”っていうけど、子どもがいなくたって関係ねえみてえだからさ」

「心配してくれてありがとうよ、大家さん。いや、その気はあるんだけんど、目を覚ますともう朝でさあ」

「何いってるのよ、おまえさん。いつもお酒をがぶ飲みしてさ、私が“ねえ、あなた~ん”って誘惑してもまったく無視、っていうより気持ちよさそ~にすぐ高いびきなんだから」

「そうか? おりゃあ全然知らなかったぞ」

「まあまあ、とりあえず皆の衆も気にしてるようだから、クマさんも少しは酒を控え

てさ、おタカさんと昼だけじゃなく夜も仲良くやってくれや」

「あんた、お願いね」

「おう」

そんなことがあったある日のこと、クマさんとおタカさん夫婦に子どもが授かったようだといううわさが広まった。さあ、長屋の衆は皆喜んだ、よろこんだ。

さっそく大家がすっ飛んできた。

「おう、おめでとさん。さっそくできたか、よかったよかった」

「えっ、何が?」

「そんなに照れなくってもいいよ、じゃあお大事に。おタカさん、よかったね」

「えっ?」

しばらくして「食欲低下や吐き気を催し、つわりの症状が出てきたらしい」と、クマさんが皆の衆にちらっと話していた。

おタカさんが外に顔を出すと「今が大事な時期なんだから、無理しちゃあいけねえよ」と、皆から同じ言葉を掛けられた。

おタカさんはというと「?」

またしばらくすると「今度は腹が膨れてきて、食欲も回復してきたみてえだ」とクマさん。

「そうかいそうかい、そりゃあよかった」と皆の衆。

おタカさんが外に出ると皆の視線はお腹に集中した。が、「あれっ、膨れてねえぞ」「そうだねえ、いつもと同じだよ」。

「みんな、ちょっとこっちに来て...あのさあ、先日のことなんだけど、見たことねえ娘が夜に夫婦のところに入ったのを見たんだけどさ、出てくる気配がなかったんだよ。もしかしたらやむにやまれぬ事情でその娘がはらんだ子を出産後に引き取るってえことかも、って勝手に想像しちまったわけ」

大家さんいわく「そうかもしんねえなあ。でもそれをしゃべっちゃあなんねえぞ。

それに誰の子であろうとみんなで助けてやらねえとな」

「わかったよ」

出産が近づいてきたようであり、うれしさのあまりクマさんは皆の衆に現況を報告。

「ここんところ落ち着きがなくなって部屋ん中をウロウロするようになってきてさ」

「そりゃあ不安だから当然だよ、クマさん。優しくしてやってくれよ」

「おう。それに神経質になる時期なんだか知らねえが、前足で地面を掘るような行動もするようになったし」

「えっ、前足で? 地面を掘る? あまり神経質にならねえほうがいいぞ。クマさんの方こそしっかりしねえとな」

「まあな」

間もなく出産が。またまたクマさんが皆の衆の前で...

「もうすぐ生まれるみてえだ。とりあえず落ち着いて生めるようにうす暗え静かな場所が必要だから、部屋の隅に箱を置いて布を重ねてみたんだ。桶にも水をくんだし」

「おいおい、部屋の隅なんかで生ませて大丈夫かい。それに箱だって? 必要なら何でも手伝うし、モノがなかったら遠慮なく言ってくれよ、なあ皆の衆」

「そうさ、遠慮しないでおくれ。ここの長屋は家族同然なんだからさあ」

「ありがとうよ、みんな。でも大丈夫だ。大勢入ってあまり興奮させねえほうがいいから」

「それもそうだ。じゃあ外で待ってるから、何かあったら呼んでおくれ」

「おう」

程なく「まず一匹無事に生まれた」と威勢のいい声でクマさんが報告。

皆の衆は「一匹? あまりに興奮して数え方も分かんなくなっちまったんだな。まあ長年待ってたんだからしょうがねえや」

またしばらくして「へい、二匹目誕生」

「うん?」

またまた「ほら、最後の三匹目」

「えっ、三つ子かい? しかし産声が聞こえてこないねぇ。赤ちゃんは大丈夫かい」

「お~い、クマさんや、もう入ってもいいかい」

「ああ、いいよ」

皆の衆はわれ先に夫婦の部屋に入ったが、赤ちゃんはどこにも見当たらない。さらに出産したであろう娘もどこにも...

「みんな、どうしたんだ、おかしな顔をして」

「だって赤ちゃんはいねえし、娘さんもいねえし」

「娘さん?何それ?」

「だってさ、かなり前の夜に娘さんがここに入ったきり出てこなかったから」

「ああ、それはかかあの妹でな。この近くまで来たんで一晩泊まって朝早く出てった」

「...それよりも赤ちゃんは?」

「赤ちゃん?もともといねえよ」

「えっ、だって妊娠したって」

「ほれ、そこにいるべえ、三匹の子犬、たった今生まれたんだ、かわいいだろ」

「...」

三.「勘当」

高校生のひとり息子。来春は卒業だというのに勉強はまったくしないで遊びほうけてばかりの毎日。一応進学希望ではあるが、これでは進学できるわけもない。それにもし進学したら今まで以上にめちゃくちゃ遊ぶであろう息子を親元離れてひとりで都会にやれるはずもない。

今宵も深夜になり酒にしこたま酔った息子が玄関をドンドン。

今夜こそ懲らしめてやろうと玄関口で今か今かと待っていた怒り心頭の父親。

「高校生の分際で酒まで飲みやがって。今何時だと思ってやがるんだ」

「え~っと、まだ23時50分をちょっと過ぎたところかな。まだ明日じゃあねえよ」

「あほっ、今夜という今夜は家に入れねえからとっととどっかに行っちめえやがれ」

「そんなこといわねえでさあ、父ちゃん、そろそろ酒が切れて寒気がしてきたんだ」

「バカやろ~っ」

父親の大声にハッと目を覚ました母親。

「父さん、いったい何を怒ってるの」

「おう、息子がたった今戻ってきたところなんだ、酒をしこたま飲んでよお」

「おっ、その声は母さん。寒くって震えがきてるんだ。早く開けてよ」

「わかった、早く入りな...」

「だめだ、開けるな。こいつは少し懲らしめねえとろくなモンにならねえ」

「だけど風邪をひいちゃうよ。そうなったら大変だよ」

「おまえが甘やかすからこんな子になっちまったんだ」

「そうかい。じゃあ言いますが、あたしゃあねえ、堅物の父さんみたいになってほし

くないから少しくらい自由にさせてやろうと思ってたんだ」

「何だと~っ、そんならおまえも一緒に出ていけ、勘当だ。二度と俺の前に現れるな

よ」

「ああわかったわよ。さあ、早く入っておいで。とりあえず荷造りを一緒にしないと

ね」

「うっ、うん...」

さあ、たんかを切ってはみたものの、困ったのは父親。朝起きてみると既にもぬけの殻。後を追うこともできないし、あのように言った手前、本人のプライドにもかかわってしまう。

ところで、二人は早朝ではなく、既に昨夜遅く出て行ってしまっていたのだ。といって行く当てもないので、とりあえず息子がお酒を飲んでいたバーのドアを静かに開け...。

なぜ?それに何で息子がそこに?実はそこのバーのママさんの娘と息子は同じ高校の同級生であった。

昨夜の会話を再現。

「あれっ、マーくん、どうしたの、戻ってきて。あっ、確か...お母さん?」

「はい、そうです。こんなに遅く申し訳ありません」

「いえいえ。で、どうなさったんですか」

実はこれこれしかじかであると説明し、とりあえず一夜を過ごす場所を探していることを申し訳なさそうに告げた。

「わかったわ。それにウチの娘とマーくんはほんとに仲がいいのよ、良すぎるくらい」

「私も薄々感じてました」

「だったら遠慮することもないわ、ねえ、マーくん」

「えっ、いいのかい、よっちゃん」

「ちょうどいいわよ。じゃあここではっきり言うとね、私はマーくんと一緒になりた

いの、ほんとよ」

「そうなのね。だから夜はほとんど一緒に過ごしてたんだ。いいんじゃない」

「えっ、ほんとにいいの、母さん」

「18歳っていったらもう大人でしょ。自分のことは自分で決めればいいのよ。ただし

責任も取るのよ」

「うん、ありがとう、母さん」

父はというと、その後は酒に飲まれっぱなしの日々を送っていた。

月日は流れ、いつしかここのバーで働くことになったマーくんと母さん。もちろんママとよっちゃんも一緒の四人でお店を切り盛り。若夫婦然とした対応が評判を呼び、バーはますます繁盛。

ある晩、仕事の打ち上げも終わり、五人連れのお客が皆べろんべろんに酔っぱらって入ってきた。席はあと四つ。何とか入るだろうと詰めてみたが難しい。どうしたことか急にひとりを外に追いやったマーくんの母さん。

それを見ていたお客。

「さっすがだね、ウィ~ッ。あっ、あいつはいちばん酒癖がわっ、悪くってさ。特に

最近は飲んではかっ、からんできて困ってたんだ。さっすが見る目があっ、あるねぇ。

長年人を見てるとわかるんだよな、きゃ、客がどんなやつかさ」

「私はまだ長年の経験はありませんけど、女の恨みは恐ろしいんですよ。皆さんもよ

く覚えておいてくださいね」

「お~っ、怖。だっ、だけどよお、その恨みっていったいなっ、何なんだい?」

「勘当には勘当、ただそれだけのことですよ」

今夜勘当された相手をマーくんは知っていた。

四.「百人一首 珍解説」 

この村では知らぬ者がいないほどのお調子者、与太郎。

「この俺様に任せとけ。知らねえもん以外、何でも知ってっからよお」ときた。

そこで村の衆は生意気の上にお調子者の与太郎に一泡吹かせてやろうかとさっそく質問責めに。

「おい、与太公、おめえ何でも知ってるんだってなあ」

「おう、おめえたち、久しぶりじゃねえか。どこ行ってたんだ」

「どこ行ってた? そりゃあこっちのせりふだ」

「俺か? 俺はなあ、おめえたちより一足、いや、幾足も早く東海道ってえところに

行ってよお、お籠どころじゃねえ、新の幹線ってえもんに乗ってきたんだぜ。早えの

なんの。馬どころの話じゃねえぞ。京まであっという間だ」

「何だ、そいつぁあ?」

「まあ、おめえたちに話したってわかってもらえねえからやめとく」

時代錯誤も甚だしい話であったが...。

「ところで与太公よお、“百人一首”って知ってるか」

「あったぼうよ。で?」

「じゃあ何だ、それって」

「おう、まず農民が百人いてな、お代官様がいつも目を光らせてて、ひとりでもなま

けたら百人みんなのせいにするってえ厳しい規定でよお、皆がひとつの首みてえに

つながってるってえ意味よ。そんな厳しさを紛らわせようとしてさ、みんなで百も歌

を作って詠んだんだ。それが百人一首よ」

「おいおい、そうだったっけ、なあみんな」

「う~ん、俺はよく分かんねえけど、与太公のいうことも分からねえでもねえがよお」

「まあいいや。そこでだ、百人一首の最初の歌は“秋の田の かりほの庵(いほ)の

苫(とま)をあらみ わが衣手(ころもで)は 露(つゆ)に濡れつつ”ってんだけどさあ、

これってどういう意味だか説明してくんねえか。俺たちにはまったくわかんねんだ」

ということで、皆が与太郎に恥をかかせようとたくらんだのがこれであった。

「まずは“秋の田の”はその通り“秋のたんぼ”だから問題ねえ。次の“かりほの庵

の”とは何なんだい」

「おう、“かりほのいほ”とはな、“かりほ”っていうかわいい女の子の妹の“いほ”

さ」

「それじゃあ“苫をあらみ”はどうだい」

「話すと長くなるんだけどな、妹の“いほ”が近くの川に行って魚を捕ってきて昼時

のみそ汁の具にしようとちょっとおいとまをもらったんだ。ちょっとだけだから“おいとま”じゃあなくってその半分の“とま”さ」

「ほお~っ。で、“あらみ”とは」

「さっきの捕った魚を“切り身”にして鍋に入れるんだけど、包丁があんまりよく切

れねえでさあ、荒々しく切ってしまったんできれいな切り身でなくって荒身の“あら

み”よ」

「ふ~ん。じゃあ次の“わが衣手は”とは」

「“わが衣”は当然自分の着物のことさ。で、着物を羽織ってたんだけどな、鍋のに

おいにつられてうまそうだったんで、思わずそこからちょこっと手を出してしまったんだ」

「ふふふ、そうかいそうかい。じゃあ最後の“露に濡れつつ”とは」

「みんなで鍋からおわんにうまそうなみそ汁をよそってよお、一気にがっついて食お

うと思ったんだけんど、着物の袖がおわんの中に入っておつゆに濡れちまったんだ、

衣や手とともにさ。さすがに熱(あち)いの何のって」

「...」

( 白石常介:台湾三田会 顧問 )

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