杉本知瑛子:54号・シューベルト『冬の旅』(4)

 

                「Schubert『冬の旅』(4)

                       杉本知瑛子(97、文・美(音楽)卒)

 

昔、私がまだ高校生の頃、シューベルトといえば「子守唄」や「のばら」や「菩提樹」(学校教科書に掲載されていた、全曲ではなく曲の最初から三分の一程度の曲)位しか知らなかった頃、たまたま『美しき水車小屋の娘』という歌曲集を手にした。当然それは日本版(全音楽譜出版)であり、日本語の歌詞で簡単な伴奏譜の曲は伴奏も付けて歌って遊んでいた。

その頃私の声はきれいなソプラノではなく、歌うのが好きというだけの欠点だらけの悪声だったので、楽譜は練習用にと無難な中声用(メゾソプラノ・バリトン用)を購入していた。
その歌曲集は歌で物語を織り成している20曲からなる歌曲集であった。内容は、まるで少年少女向けの童話のように悲しくも美しい恋物語であり、一見どの曲もひどく難しいものではなく小学生でも歌えるような曲まであった。まるで私の持つシューベルトのイメージそのままに、素朴で清らかで美しい曲が多かったのである。(解説書などでは、“4年後にできた『冬の旅』よりも器楽的要素が多く声の技術が難しい”となっていたが・・・)
歌だけでなく伴奏部分も物語の情景や主人公の心を象徴するような音楽となっている、この童話のような「うたものがたり」を歌い終えると、次にこの続編ともいえるような『冬の旅』とシューベルトが意図した曲集ではなく彼の死後編纂され出版された歌曲集『白鳥の歌』の2冊も購入した。

 

下記はその内の一冊『冬の旅』の序文である。
《『冬の旅』の持っている世界を歌い上げることは、至難のわざである。同じ詩人の手による『美しき水車小屋の少女』のほうが、声楽的な技巧からいえば難しい箇所が多いのであるが、『冬の旅』は、その内的な沈潜と、激しい情熱の燃焼力とのバランスが、歌手の声だけの技巧以上のものを要求するからである。しかし声楽芸術の中でこれほどに人間の深淵をのぞかせてくれた作品はない。絶望と希望がいつも交わり合って、そして人間を非情の世界へ突き落としてゆく。この曲が書かれた時、シューベルトを最もよく理解していたはずの友達でさえ、あまりの壮絶さに途方にくれ、わずかに「5番目の“菩提樹”だけがよかった」と答えたそうである。
この歌曲は、1曲1曲が一つの心象風景をえがき、より主観的になっていて、『水車小屋の少女』のような物語性はなく、1827年、すなわち彼の死の前の年に書かれている。そして2月と12月に二度に分けて出された。この詩人ヴィルヘルム・ミューラーは当時田園詩人として知られ、歌謡的な味わいと素朴な味わいを持っている。そしてこの素朴な詩の中から、このような壮絶ともいうべき歌曲を書き上げたシューベルトの力をいまさらながら感じずにはいられない。(著:畑中良輔)》

 

声楽曲集というより文学作品の解説のような印象の序文に感動を受けた。
『冬の旅』は『美しき水車小屋の娘』の続編のようなものといわれていても、童話のような作品とは全く違ったものであり、高校生が好むような歌ではなかった。そして『白鳥の歌』は各曲すばらしいのであるが、やはり高校生には手が付けられない難易度の高いものであった。
この3冊は私の家の書棚で静かな眠りについた。

 

目覚めたのは大学(大芸大 声楽演奏科)に入ってしまった時。
大学では普通一年次にはイタリア古典歌曲を勉強する。ドイツリートは2年次である。
オペラは3年以後、それで大学外の先生にシューベルトを教わることにした。
教材はペーター版『シューベルト アルバム 第1巻(ソプラノ・テノール用)』で、260ページもある原典版である。
シューベルトの原典版の楽譜は全て(ソプラノ・テノール)用となっている。
この第一巻には、前述の『美しき水車小屋の娘』『冬の旅』『白鳥の歌』の歌曲集と『魔王』『糸を紡ぐグレートヒェン』『野ばら』『鱒』『アヴェ マリア』『楽に寄す』等のポピュラーな名曲が34曲、全92曲が入っている。
一年次が終った段階で、東京二期会所属歌手,森敏孝先生(武蔵野音大)に師事することになったので、シューベルトの勉強はストップとした。(未着手曲は約10曲程度なのでまあ満足して終了)

シューベルトを原典版で勉強する前、遊び半分ではあったが殆ど歌ったことがある曲が収録されていたペーター版の楽譜での勉強を一から始めだしたとき、当初相当な違和感を覚えたのである。
それまで親しんできたメゾソプラノ(バリトン)用からソプラノ(テノール)用の楽譜に代わると、曲の雰囲気が全く変ってしまう作品があったのである。

『美しき水車小屋の娘』の主人公の少年は、原典版ではより溌剌とした若者として登場するし、『冬の旅』の主人公もまた、それまでの印象であった観念的な世界より人間的な世界で生きている、生身の人間の苦悶を歌う存在となったのである。

ピアノは平均律調律なので移調による音の変化は高低差のみのはずである。曲の持つ雰囲気が変るのは私の発声技術が未熟なためか・・・と思っていた。

 

移調奏についての疑問は以後もいろいろあった。
大学(大芸大)3年の時、学内でイタリア歌曲の世界的権威、マエストロ・ファバレットの公開レッスンがあった。(そのホールにはマエストロのご親友である中川牧三先生もご来場されていた。ファバレット先生は中川先生も五十嵐先生もお若いころイタリアで師事されていたイタリア歌曲では世界的な指導者である。)
その時私も学生ながら公開レッスンを受講させて頂き、マエストロから直接ご指導を受けた。

曲はヴェルディの歌曲「乾杯の歌」だったと思う。(ヴェルディのオペラ『椿姫』の中の「乾杯の歌」ではない)。この曲は2ヴァージョンあって森敏孝先生と五十嵐喜芳先生のおふたりから別ヴァージョンの曲を教えて頂いていた。(森先生から教えられたのは高音が多い派手な方の曲)
学内なので五十嵐先生に教わった一般的な方の曲で受講した。

私が一度最後まで歌った時、ファバレット先生は伴奏者に音を高く移調して弾くように指示された。
2度か3度か、相当高音への移調を要求されたのでホール内の聴講者がざわついていた。が、日本では伴奏者はすぐに移調奏ができないし、そんな訓練もしていない。
それで先生は伴奏者に自分と伴奏を代わるよう言われ、先生がご自身で伴奏を弾きはじめられた。

出だし部分を2~3回いろいろな調子で試され、歌う調子が決定された。私も急に高くなった音に合わせて歌わなければ・・・と、(幸い私に絶対音感はない)・・・カーッと舞い上がったまま、指定された調子になった派手な「乾杯の歌」を最後まで歌いきった。

会場がまたざわついた。歌い手の声質を瞬時に見抜き、ヴェルディの(男声用?)歌曲をオペラの(ソプラノ)アリアのような華やかな曲にしてしまわれたファバレット先生の手腕に、聴衆は驚嘆してしまったのである。

最初に歌った曲と先生の伴奏で歌った曲は、誰の耳にも別の曲としてしか聞こえなかったらしい。
大芸大卒業後、京都と芦屋で中川牧三先生、東京で森敏孝先生に師事していた頃、ベッリーニの「マリンコニーア」という曲のレッスン時に、森先生から半音高く移調することを要求されたことがあった。

*Malinconia,Ninfa gentile (やさしいニンファのマリンコニーア)・・・Malinconia=憂愁・・
使っていた教材はリコルディの原典版で、その曲の調子記号は♭が4つの短調(f moll)、
日本版(全音楽譜版)では、♭1つの短調(d moll)・・・原典版より短3度低い
先生に要求された調子は、原典版より半音高いfis moll(シャープ3つの短調)
原典版の醸し出す、妖精の持つ不透明な柔らかい世界が移調により明るくシャープな現実世界になってしまった。この移調では全く歌いづらいことこの上なかったことが、後々まで記憶に残った。
(たった半音の音高差なのに)・・・平均律で調律したピアノでこのように感じるのは、???でしかなかった。

 

声楽を演奏する時、オペラアリアの移調はやらないが、歌曲の移調はよくおこなわれる。
今回の曲の移調も先生がステージで歌われる時は音を高くされるためで、理由はテナー歌手として派手な高音部をより魅惑的な声量の声で歌えるから。同じ舞台に立つ誰よりも華やかな声で目立たなければ主役の価値がない、との仰せ。この場合は、常に歌い手が舞台で光り輝く為の手法の一つとしての移調である。
先生はオペラの舞台が多いので、歌曲でもステージに立った時を想定して、他の歌手の力量に負けない演奏をすることが身についておられたのだが、半音変えるだけで曲のイメージがガラッと変りこうも歌いづらいのでは、まだまだ私の技術不足、この曲を人前で競演するのは止めておく事にした。

 

これらの経験で移調による不思議さとシューベルトの『美しき水車小屋の娘』と『冬の旅』の移調譜での演奏に違和感がある、という疑問をピアノのレッスン時に武井博子(大芸大ピアノ教育科教授)先生にいつも喋っていた。
ある時、武井先生は音楽学者のブリーゲン先生の生徒の卒論指導を受け持たれた時に目にされた本を、私に紹介してくださった。
それこそが、『ゼロ・ビートの再発見~平均律への疑問と古典音律を巡って~』上下(著:平島達司、東京音楽社 1987)という本であった。

「彼の環境の特異性はシューベルティアーデであり、あまりにも有名な梅毒という病気である。」
前回、そのように述べたがそれはシューベルトの精神に関る特異性であって、長い間の移調奏における私の疑問とは声楽を勉強する人間としての音そのものへの疑問であった。

 

そのことに関して、諭吉倶楽部会報第1号(2011年、12月発行)に「雑談とは何か」(著:杉本)と第2号(2012年3月発行)「定説への疑問」(著:杉本)で、古典音律について述べている。
シューベルトの歌曲の世界を知るためには、友人達や時代環境だけでなく、奏でられる音そのものから受ける響きを通じても検証しなければならない。
シューベルトが創造した音が、今我々がピアノで弾き歌う音と違っていたとなると、そこに表現された音楽の精神までもが再確認の必要性が出てくるのである。
その為、次回はもう一度シューベルトが使っていたであろうピアノの音律の確認をしたいと思う。

(杉本知瑛子:元声楽研究家)

 

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