シューベルト:『白鳥の歌』より「我が住処(すみか)」

  シューベルト歌曲集『白鳥の歌』:「我が住処(すみか)」《練習演奏公開中》

第5曲「わが住処(すみか):わが宿」(Aufenthalt)ホ短調、4分の2拍子 “Aufenthalt”という題はドイツ語のhalt(止まる)からきた言葉で、「滞在地」という意味である。

よく「わが宿」、「仮の宿」という訳題が与えられている。流れる河、ざわめく森、寂しい野こそが私の居るべき場所である、というさすらい人の厳しい心情を歌った曲である。(全音楽譜・1962・畑中良輔編)より。

練習演奏録音(機種・Rakuten BIG):2022、02、26

次回録音公開日:2023、09、01

 「Aufenthalt」ホ短調(原典版):弾き語り演奏(ソプラノ独唱・ピアノ伴奏):杉本知瑛子 

               

 第5曲「わが宿」(大意)

さざめく流れよ そびゆるいわねよ 

すさぶ森よ 流れよ 汝(なれ)こそ わが住まい

絶え間なく波寄せ わが涙も流れぬ 

永久(とわ)の涙溢れぬ

 

高き梢のごと うち震うわが心 

年経し岩のごと わが悩み変らじ

わが悩み永久(とわ)に変らじ 

わが悩み変らじ

 

ざわめく流れよ そびゆる岩ねよ 

すさぶ森よ 流れよ 荒野(あれの)よ

汝(なれ)こそ 汝(なれ)こそわが住まい…………….

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(参考資料:Peter版・原語での歌詞・杉本知瑛子訳)

5 Aufenthalt ((Heinrich Friedrich Ludwig Rellstab)・・・歌詞(原語)

Raushender Strom,  brausender Wald, starrender Fels mein Aufenthalt,

raushender Strom,   brausender Wald, starrender Fels mein Aufenthalt,

(さざめく流れ 荒れ狂う森、硬直した岸壁 それが我が居場所)

Wie sich die Welle an Welle reiht, fliessen die Traenen mir ewig erneut,

fliessen die Traenen mir ewig ewig erneut, fliessen die Traenen mir ewig erneut.

(絶え間なく波は打ち寄せ、涙は再び永遠に流れる)

Hoch in den Kronen wogend sich’s regt, so unaufhoerlich mein Herze schlaegt,

hoch in den Kronen wogend sich’s regt, so unaufhoerlich mein Herze schlaegt,

so unaufhoerlich mein Herze schlaegt.

(高い梢の己が波打つごとく、絶え間なく我が心は打ち震える)

Und wie des Felsen uraltes Erz,ewig derselbe bleibet mein schmerz,

ewig derselbe bleibet ,bleibet mein Schmerz,

ewig derselbe bleibet mein Schmerz.

(太古の岩石のごとく、我が悩みは永遠に続く、永遠に永遠に続く我が悩み)

Raushender Strom,  brausender Wald, starrender Fels mein Aufenthalt,

raushender Strom,   brausender Wald, starrender Fels ,raushender Strom,

brausender Wald mein Aufenthalt.

(さざめく流れ、荒れ狂う森、硬直した岸壁、それこそが それこそが我が居場所)

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ヨーロッパの伝承で、白鳥は死ぬ時に美しい声で鳴くと言われている。「白鳥の歌」とはつまり「瀕死の白鳥の歌」であり、人が亡くなる直前に人生で最高の作品を残すことを例えで指している。紀元前5世紀から3世紀にこうした伝承が生まれたと言われていて、ヨーロッパで繰り返し使われてきた表現である。

白鳥の歌(はくちょうのうた)あるいはスワンソング(英語: swan song)は、人が亡くなる直前に人生で最高の作品を残すこと、またその作品を表す言葉でもある。

白鳥の歌』(はくちょうのうた、Schwanengesang)D957/965aは、フランツ・シューベルトの遺作をまとめた歌曲集である。3人の詩人による14の歌曲からなるが、自身が編んだ『美しき水車小屋の娘』、『冬の旅』とは異なり、『白鳥の歌』は本人の死後に出版社や友人たちがまとめたものであり、歌曲集としての連続性は持っていない。新シューベルト全集では『レルシュタープとハイネの詩による13の歌曲』 D957と『鳩の使い』 D965aとに分けられており、そもそも『白鳥の歌』という歌曲集は存在しない扱いになっている。

(なお、シューベルトの『白鳥の歌』としては他人の手が入った歌曲集のほか、自身の手による同名の歌曲が2曲ある。)

歌曲集(Liederzyklus)『白鳥の歌(Schwanengesang)』D957

シューベルトの最後の歌曲集『白鳥の歌』は、もちろんシューベルト自身が編集したものではなく、出版者トビアス・ハスリンガーが、イソップの童話で「白鳥は死ぬ前にもっとも美しい声で歌を歌う」と伝えられている伝説に基づいて、シューベルトの遺作となった14曲の歌をこのタイトルで出版したものである。

歌詞の作者はH・ハイネ(1797~1856 第8曲~第13曲)、L・レルシュタープ(1799~1860 第1曲~第7曲)、J・G・ザイドル(1804~1875 第14曲)という三人の詩人で、もともとシューベルトは、このうちのハイネとレルシュタープの詩による13曲を、歌曲集として発表しようと考えて作曲したが、このうちでハイネの詩による6曲だけを、明らかにお金に困ったために、独立して出版者に提供しようとした。(1828年10月2日。ライプチヒの出版者・プロープストに宛てた手紙を参照)。

レルシュタープの詩による歌のうちで、一曲だけが未完だったため(「生きる勇気」[Lebensmut]D937)、シューベルトの死後ハスリンガーは、その代りにザイドルの詩による「鳩の使い(Taubenpost)」を加えて、全14曲の歌曲集『白鳥の歌』として出版したのである。(1829年4月)。

歌曲集『冬の旅』を完成した後、シューベルトの到達したもう一つの最高峰ともいうべきこのシリーズは、ゲーテと並んで、たとえシューベルトの音楽がなかったとしても、世界中の人にその名を知られる偉大な詩人として残る、ドイツの詩人H・ハイネとの邂逅という点でひときわ大きな特徴をなしている。

レルシュタープ(Ludwig Rellstab)

ルートヴィヒ・レルシュタープの詩による7曲の歌曲は、もともとはシューベルトに作曲が依頼されたものではなく、実はルートヴィヒ・ヴァン・ベートーヴェンに依頼したものがベートーヴェンの死により、何らかの経緯でシューベルトにまわってきたものであった。

レルシュタープとベートーヴェンの間柄と言えば、一般にレルシュタープがベートーヴェンの没後に、ピアノソナタ第14番を『月光』と「命名した」ことが挙げられるが、実際にはそれ以前に「ルドラムスの巣窟」というウィーンの名だたる著名人の夕食会に、ともにその名を連ねている。ただし、実際に接触があったかどうかは定かではない。その後、時期ははっきりしないものの、レルシュタープは『白鳥の歌』に使われた7曲分を含む詩集をベートーヴェンに送り、歌曲の作曲を依頼した。ベートーヴェンが送られた詩に実際に目を通したかどうかは不明であるが、間もなく1827年3月26日にその生涯を終えたため、レルシュタープの詩による歌曲は作曲されず、レルシュタープの送った詩集はそのまま埋もれてしまったと考えられていた。

ところが、『白鳥の歌』が世に出た際、レルシュタープは自分がベートーヴェンに送ったはずの詩にシューベルトが作曲していることに驚く。さらに、ベートーヴェンの秘書アントン・シンドラーからレルシュタープが詩に添えた添え書きを渡され、詩がベートーヴェンからシューベルトのもとに渡った経緯の説明を受けた。

シンドラーの説明では、ベートーヴェンは詩を受け取ったものの健康状態が芳しくなかったため、シューベルトに作曲を委ねたというが、その真偽は全く不明である。ともかく、詩はシューベルトのもとにわたって、シューベルトはレルシュタープの詩による少なくとも8曲からなる歌曲集の成立を目指して作曲に取りかかった。しかし、実際に完成したのは『白鳥の歌』所収の7曲にとどまり、歌曲集のトップに据える予定であった『生きる勇気』D937 は未完成に終わった。『生きる勇気』が完成しなかったことは、『白鳥の歌』の構成に少なからぬ影響を与えることとなる。

全14曲のうち、前半7曲はレルシュタープ(Rellstab)の詩によるものである。しかしこの歌曲集の「凄さ」は、続く6曲のハイネ(Heine)の詩によるものと考えられる。しかしこれはもう「歌」というよりは、「つぶやき」であり「うめき」でもある。

残念ながら私はまだ精神的には若いようで、『冬の旅』で言えば前半と同じような雰囲気を持つこの曲ならまだしも、ハイネの曲に手を出せるほど老成はしていない。そこでまずは、取っ付き易い曲から選んでみた。

「5、わが宿:(Aufenthalt)」の前、4番には有名な「小夜曲:セレナーデ」が入っている。                                                                   ~杉本知瑛子(97.文・美 卒)

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《参考:杉本知瑛子著 シューベルト~その深淵なる歌曲の世界1ー①

シューベルト(Franz Schubert:1797~1828)は、その短い生涯で1.000曲以上も作曲している。
歌曲だけでも約600曲にものぼるのである。しかもその作品は、多いだけでなく珠玉の名曲が多く残され、特に歌曲の分野では他の追随を許さない名曲の数々により、今日でも世界は「歌曲の王」と称せられる名誉を彼に与えている。

このように短い期間に大量の作曲をしたために、彼には多くの伝説がある。
例えば、作曲のための詩を選ぶのはほとんどが偶然によるものであるとか、作曲したものには執着せずすぐに忘れてしまう、とかのように彼の楽天的態度が一部の彼の知人達の証言として伝わっている伝説である。ひどいものになると、連歌集“詩(うた)物語”『冬の旅』(『Winterreise』D.911)が、かくも壮絶なる作品となったのは、長年の彼の病気である梅毒が脳へ入ったためで、『冬の旅』を作曲した時期である死の前年は、もう精神異常に近い状態で病気の波の比較的良好な時に作曲されたものだ、といわれていたようなものまであった。

しかし、そうした一部の人達の証言がすべてで、またそれが真実なのであろうか?
問題は、彼の音楽に対する態度であり、彼が音楽に対して取り組んだ姿勢である。
またそれは、その音楽の内容にも重要な意味をなしてくることなのである。
このような彼の音楽に対する態度や、作品に取り組む姿勢、に対する我々の先入観は、彼の作品を演奏したり鑑賞したりする際に、彼の理性的な意思や音楽以外の知識による影響を、無視せざるを得なくしてしまうのではないだろうか。私はこのような伝説を調べることにより、シューベルトの音楽の偉大さを少しでも知る手がかりを得られないかと考えた。

だがその定説となっていた伝説のようなものが、まさしく作曲家の天才や狂気ゆえのものだけであるなら、それは私にとって曲(内在する精神性)を知る何の手がかりにもならなくなってしまう。
彼の環境の特異性はシューベルティアーデであり、あまりにも有名な梅毒という病気である。

そこで、まず彼の病気である梅毒が、死の前年に作曲された至高の作品(精神異常の賜物といわれている作品)『冬の旅』にどのような影響を与えていたのか、もし、梅毒による精神異常の影響がないのであるならば、彼は『冬の旅』の作品で何を表現しようとしたのであろうかを考えてみたい。
これらのことに加え、『冬の旅』が、歌曲・特に文学作品である“詩物語”に音楽をつけた作品という意味で、彼の文学や思想に対する考え方を知ることも、相当重要である筈である。
作品の音に対する重要さと同じくらいに、文学的内容の重要さも認めねばならない、と私は考えている。
(それは、ミュラーの詩の内容という意味ではなく、シュベルトの作曲した“詩物語”『冬の旅』という音楽作品の文学的内容、いいかえれば、音楽の精神的内容という意味である。)

シューベルトの歌曲集には、1823年の作品「連歌集“詩物語”としての『美しき水車小屋の娘』(D.795)」『Die schöne Müllerin』と死の前年1827年の作品『冬の旅』がある。

*死の年・1828年にシューベルトの死後遺品の中から発見された数々のリートが二分冊に編集され、『白鳥の歌』(D.957)『Schwanengesang』のタイトルをつけて出版された歌曲集もある。

ギリシア時代の昔から「詩人は神の声を書いている」といわれ、神の声を聞く者は預言者であり、あるいは又狂人であるという考え方が信仰されていた。

音楽家もまた預言者(天才)であり狂人であると考えられ易いが(昔、詩は音楽の一種であった)、シューベルトもそのように考えられていた、といっても過言ではないであろう。
シューベルトの短期間(約15年間の作曲期間)における1.000曲にも及ぶ作品量、そしてベートーヴェンなどに比べて作品の下書きが残存していない、ということなどから、彼の天才性からくる無造作な作曲態度という誤解が生まれ、さらに『冬の旅』などの死と諦念をテーマにした、一連の陰鬱な歌曲などから彼の精神異常が考えられ、その原因として長年彼を苦しめてきた病気、梅毒が考えられてきたのである。

全文はこちら:シューベルト~その深遠なる歌曲の世界~1-①

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