野村8)福澤全集の牛歩研究 その8・・・32号

「福澤諭吉全集の牛歩研究と、今の仕事と、塾の理系話題その第8話

                       野村 政直 (平成15、経)

今年のノーベル化学賞にリチウム電池の開発に関わった吉野彰氏が選ばれ、昨年の本庶祐教授に続いて嬉しい知らせがありました。今勤めている民間化学会社でも同じ頃に深く電池の研究開発をしていたので、旭化成(株)の吉野さんに勤務会社でお話を聞くこともありました。気さくな方で、同じ化学企業の研究開発をしているもの同志、電池開発に関わった関係者一同、心よりお喜び申し上げたい受賞となりました。日本の研究開発の良い所は、企業間の垣根を越えて共同開発を進めやすい点があり、このリチウム電池開発でも旭化成単独で大きな商品化が進められたわけではないと思います。実際の所、開発当初は全く売れなかったこの電池をNECやパナソニックやソニーなど、多数の家電メーカーや素材メーカーが粘り強く商品化し、使いやすいもの、利益の出るものに加工し続けたお蔭で汎用性が伸び、今では家電製品の携帯できる電源だけでなく、EV車や、家庭電源の蓄電池など多用途に活かされています。日本の基礎科学への投資額が減り、これ以上はノーベル賞は伸びない、大幅に少なくなってしまうとのネガティブなコメントが新聞紙上などで眼に付きます。でも今回の受賞の様に皆に役立つ商品開発に関係する素材開発や化学製品や薬剤関係での日本の研究、商品開発は世界のトップランナーを走り続けており、特に化学企業からの受賞の可能性はまだ大いにあると現場に居る部長として感じます。食品も含めて化学的に便利なもの、特に軽薄短小で役立っている商品には、日本企業の活躍が何処かで略ほぼ生かされています。何時か自分の研究もその様な陽の目を見るかもしれないと考えると、化学企業の若い研究開発担当者の勤労意欲が一層高まることでしょう。国策ではない、個々人の発想力が肝心と思います。

望むべきはまだ受賞できていないノーベル経済学賞が應大学から生まれてほしいものです。その様な塾員の論文が注目を集める様になれば福澤先生も大いに喜ばれることでしょう。例えば、デフレからの脱却は実際に体験してきた日本経済の特徴であり、マイナス金利政策などの実例を優れた学術論文にして欧米の一流雑誌に掲載し、引用され、更に経済発展に貢献できれば、慶應大学からノーベル経済学賞を受賞できるケースもありうるのではないでしょうか。経済学賞を取っている米国の大学院門下で書き上げるのが早道でしょう。また慶應の医学や薬学や理工学も素晴らしいレベルで発展していますし、環境情報学部のある藤沢キャンパスからは注目されるベンチャー企業が数多く生まれていて、次のノーベル賞の輩出大学になれる可能性を十分秘めていると思います。

話を福澤諭吉全集に向けて、今回は全集第3巻の頁111からです。やはり依然として遅々として牛歩的な研究になっていますが、短時間でも福澤全集を読み進めるのは興味を引かれる内容が多くて、勉強になります。今回の最初の話題は「学問のすすめ」の第13編中の文章からです。「怨望は恰も衆悪の母の如く、人間の悪事これに由りて可らざるものなし。」と学問のすすめの中で述べられています。人や国を怨望するように小さい時から国策として教育を受ければ、個人で色々と違う実態や情報に後から接しても、その国や人に対する怨望は簡単には拭えないでしょう。そんな意味で日本の義務教育は何処かの国を怨望する事はなく、例え先の大戦で計り知れない犠牲者を生むことになった都市空爆や原爆投下を行った国に対しても、客観的な歴史教育を受け、今は楽しく大リーグ中継を見たり、それに参加できたりしています。国を挙げて何時までも「あやまれ、謝れ」などと唱える国民性は日本にはないと思います。義務教育の内容は国と国とのお付き合いに対して決定的な影響を持つように思います。ロシアを旅したときに分かりましたが、古都サンクトペテルブルグから東アジアを見ますと日本は極東の国であり、ヨーロッパが近い隣国なので、ニュースはEUがメインですし、文化的にも北欧のEU諸国と同じ様式でした。アジア諸国は侵略して領土を広げる野望対象の国であったロシア軍部の実態は、今でも北方4島を不法占拠して返却しない国の実態として理解する必要があると思います。この国との関係性の進展も教育内容次第かと思います。

アジア諸国との関係でも、実際に新商品の共同開発などを行うと、例えば日韓共同の商品開発でも上手く行き、お互いにレスペクトできた経験もあります。唯、これが政府と政府になると歴史問題を何時も持ち出され、マスコミをその様に煽るので上手く行きません。お互いの義務教育が怨望ではなく、尊重や尊敬の点から入っていれば違ってくるのになと思いますが、国策的に怨望を煽る教育をされている国との関係は、次世代でも望ましいお付き合いは無理の様に思われます。

第3巻の頁129、学問のすすめの15編では、「日本の租税寛なるに非ざれども、英国の少民が地主に虐めらるるの苦痛を思へば、却て我が農民の有様を祝せざる可らず」と書いています。西洋の制度は一見すべて進んでいて良い制度と先入観で錯覚するのではなく、冷静に分析すると当時の日本の制度と比べてより悪いところや劣っているところも少なからず有った事が分かります。江戸時代に日本を訪れた宣教師などが日本の社会が非常に洗練されていて、特に江戸の街の発展と衛生の良さに驚いたことが報告された様に、搾取されて苦しかったに違いない農民でさえ、明治初期の英国との比較では、祝せざる可らずと、先生の英国での見聞き比較で書かれた点、興味を引きました。ヨーロッパやロシアの貴族社会は平民や農民とかけ離れたエリートであり、社会がその1部のエリートで動いていても、一般民衆の幸福度の比較では、江戸時代や明治時代の日本のレベルは決して悪いものではなかったのではないでしょうか。唯、蒸気機関に代表された近代文明や戦艦の造船技術などでは劣っていたので、富国強兵にて加速しようとした明治政府の文明開化政策は、アジアの中で唯一欧米諸国の文明に追いつこうとした日本の凄い点として、現代でも引き継がれてきていると思います。現在では先進国の1国として、日本発の文化が世界の中で注目を集めるまでになってきているのを、福澤先生が今存命されたなら、どの様に評価されるでしょうか。先生は学問のすすめの16編、全集3巻の頁131にて、「独立に二様の別あり、一は有形なり。一は無形なり。尚手近く云えば、品物に就いての独立と、精神に就いての独立と二様に区分あるなり。」と述べられています。物品での独立は大いに進み、様々な国々との対等な関係で良いお付き合いが出来ていると思います。ラグビーという大英帝国グループ国で発展してきた紳士のスポーツにおいてでさえ、そのグループ国ではないのに対等に参加できるようになり、今秋には日本でワールドカップ大会を開催し、立派に活躍し、世界中に日本の勇士を見せられています。この様な国は他のアジア諸国にはなく、物品での独立と合わせて、スポーツという楽しみの世界でも独立自尊が果たせて居ると思います。では精神での独立性はどうでしょうか。これは戦争がなくならない今でも軍事力の独立性と関係するのかも知れません。在日の米軍基地に依存して、国防を果たせている実態もあり、スイスの様に完全に自分の力だけで独立自尊が出来ているわけではないので、精神性の独立に関しては、今でも不十分なのかもしれません。それでも今年もノーベル化学賞に輝く研究成果を世界の中で評価される研究技術や商品開発力があり、その精神性は他国に負けていないでしょう。日米同盟関係を将来に亘っても上手く伸ばし、平和な国家として独立自尊の精神を更に高揚できる教育をして行けば良いのではないでしょうか。その為には大学を卒業するまでの学問だけでなく、社会人になってからの学問、定年後の学問も要るように思います。大人の学問が大切な時代になって来ていると思います。大学の学生構成も老人まで多様性がもっと有ればと思います。今回はここまでとします。

(野村政直:医学博士・石原産業社長室・慶友三田会会長)

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