野村5)福澤諭吉全集の牛歩研究(5)」・・・29号

「福澤諭吉全集の牛歩研究と、今の仕事と、塾の理系話題その5」

                                           野村 政直 (平成15、経)

1月5日付けの日経新聞で新幹線の速度更新記事が出ていました。東京ー大阪間では1964年のひかり号が4時間の所要時間だったのが、2015年ののぞみ号では2時間22分で大阪から東京まで走行と改良されました。地震が多く安全最優先の中でこのスピードアップは凄い仕事の成果と思います。2018年現在で所要時間約8時間の東京ー札幌間が2030年では5時間で結ばれると出ています。時速400kでの走行が目標とか。昨年秋に山梨県大月で見たリニアは時速500 kmの超高速走行でした。今の新幹線での高速化と次のリニアでの高速鉄道運行が計画され、向こう10年以内の鉄道改良はとても楽しみな日本の技術革新と思います。勿論安全性が最優先なポイントでしょうが。

福澤先生が活躍された江戸後期から明治初期での公共交通手段は籠から馬車へ、そして蒸気機関車の登場だったかと思います。スピードアップの程度比較では、感覚的には明治時代の人力から蒸気機関車の導入に伴う変革の方が驚異的で影響が大きかったでしょうか。

様々な学問を学び取り入れた先生の著述の中で天文学に関する記述も面白いと思いました。第一巻の最後の方で月食の事象から、「地球の影の月に映ずるときは月食を起こす。その影かならず円し。影円ければ其物も円きこと知るべし」と述べられ、地球を俯瞰して日本の立ち位置を良く理解されて居た明治初期のご活躍は多くの書物から歴史的にも意義深い当時の知識状況を知ることが出来ます。今回は主に第三巻の学問のすゝめから先生の記述を辿って行きたいと思います。

第三巻では学問のすゝめの前に「啓蒙手習之文」と題された書物の記述があり、その頁13 では「稚きときに学こそ国の富強の基なれ」と述べておられます。またこの本の頁18では「数を知らざれば博識多才の大先生と雖も実地に当て用を為さず。実用を為さざる学者は仙人に異ならず。開化の世には無用の長物と云う可し。…  此学の単なる者は指を屈して物の数を計るを初とす。故に数学を知らざる者は指なき人の如し。」この話しを今の中高学校の数学の先生が聞いたら、さぞ歓迎されることでしょう。またどうして学校で算数や数学を勉強しなければいけないのかと疑問に思っている学生さん達にも是非一読頂きたい文章ではないでしょうか。

さて「学問のすゝめ」の著述に入るに当って、明治13年7月30日に先生がこの本の序文で書いて見えますが、その記述の中に「国民160名の中1名は必ずこの書を読みたる者なり。」と当時の人口(3500万人)と総出版販売数から計算して見えます。識字率が高かった日本とは言え、この時期の出版物でこの購読率は驚異的に高いものであり、如何に明治初期の日本の社会に福澤先生の書物が広く読まれて、その影響を及ぼしたのか、想像を超えるものであった様に思います。明治5年2月の第一編を初として、明治9年11月の17編をもって完成しています。

余りに有名なフレーズですが、頁30で「人は生まれながらにして貴賤貧富の別なし。唯学問を勤て物事をよく知る者は貴人となり富人となり、無学なる者は貧人となり下人となるなり。」と書かれています。またそのすぐ後で、単に本を読んで知識を広げるだけでは不十分で、得た知識を世の中の為に役立てることが、肝心とも述べています。大学や高校を卒業しただけでは不十分で、そこで得た知識を世の中の為に役立てこそ学問が生きて来るので、絶えずその心構えが肝心と言えるでしょう。また頁32では、「こは其人の身の貴きにあらず、其人の才徳を以て其役義を勤め、国民のために貴き国法を取扱うがゆへにこれを貴ぶのみ。人の貴きにあらず、国法の貴きなり。」と役人の仕事が貴きとされるべき理由と国法の大切さを述べて居ます。昨今は公務員に対するネガティブな感情が目立ち、国を支えている今の憲法についても国法として肝心要なものである観点をマスコミは適切に国民に語りかける責務があるのではないでしょうか。憲法改正の議論も重要ですが、学校の教育において、国法の重要性や、それを守って国民の為に働く役人の貴さを真面目に話し、それらが正当な新聞記事になればと思います。この学問のすゝめ初編の端書で、この本を出す事になった経緯が書かれています。「此度我輩の故郷中津に学校を開くに付き、学問の趣意を記して、古く交りたる同郷の友人へ示さんがため一冊を綴りしかば、或る人これを見て云く、この冊子を独り中津の人へのみ示さんより、広く世間に布告せば其益も亦広かるべしとの勧に由り、乃ち慶應義塾の活字版を以てこれを摺り、同志の一覧に供ふるなり。」との裏事情だったそうです。先生の周りには良き仲間が有り、「学問のすゝめ」を単に中津での読み物にしようと当初は考えていたのが、勧めをうけて書物を同志向けに方向転換したとの事。その結果思いがけずも当時のベストセラーとなり、先生も驚かれたのかもしれません。良き仲間のアドバイスを素直に受け容れる寛容性も有ったのでしょう。代表作が世に出た経緯が分かり、興味深く読みました。全集を読んで行く楽しみの1つとして出版物を個別に乱読的に読んで行くスタイルと比べて、様々な日々の作者の視点を伺い知る事ができ、各出版物の前後の経緯や状況を、作者の書いたものから窺い知ることがより可能となります。即ち単行本からの情報では得られない前後左右の情報に接することが出来、驚くと共に読書の楽しみが増します。福澤先生の様に膨大な書物を書き残した作家の細部を研究するには、全集を丁寧に読んで行くのは有益な方法と言えるでしょう。勿論時間が係る作業になるので、上手な時間配分と興味の継続が要ると思います。

膨大な書物を読み、情報を得て仕事に使い、人や社会に役立てる。現代人も福澤先生の時代と同じ努力は続けていると思いますが、書き残して、広く読まれる努力をして、自分の考えや分析結果の真価をその社会に問い掛ける活動が一般サラリーマンには少ないと思います。勿論日々の業務では様々な報告書や電子メールはしていますが、それらは謂わば内世界の書きものであり、外世界に向かっての書き物ではないでしょう。内社会の活動で疲れてもその経験を上手く外社会に発信する事ができればと思います。恥を恐れる日本人の気質も強いと思いますが、素晴らしいものが溢れて居る国なのに、それらに係わっている各自の値打ちを外に向かって公表する機会や風潮をもう少し高めても良いのではないでしょうか。何でも書かれたものを評論家の様に批判するのは楽ですが、根拠を持った発信をする事、書きものを出すことはとても有意義と思います。小生の諭吉クラブへの投稿はそのようなもので有り、自分にとっても貴重な発信の場ですが、今経験できている仕事の有益な面を広くお伝え出来る場でもあるだろうと思います。日本の化学産業は国の1つの屋台骨的な産業と思いますが、仕事として大変に面白い業界です。石原産業ではチタン鉱石から硫酸工程や塩素工程を行って白色顔料などを得ています。印刷用のインク材料から本の紙の白さや、壁の白さや、生活空間で色を付けるベースとなる酸化チタンを化学反応で得て社会に供給して居ます。鉱石からは毎日多量の産廃も発生しますが、これを極力少なくして有効利用しようとしています。今話題のSDGs(Sustainable Development Goals)は化学産業ではゼロエミッションも目指して日々努力を重ねて居ます。もっと塾の理系の話題にも触れたいのですが、その研究調査が仲々出来ません。三田会で出会う素晴らしい方々は文系の方が多くて、自ら積極的に理系の話題を取りに行かないと、通常の三田会活動では記事にするような話題が得難い様に感じます。福澤全集では数学や物理や化学に関する話題も出てきて、全集からの話題提供に偏ってしまいます。変な話ですが、化学会社ですと部長級までは理系の人が目立ちますが、役員クラスになると文系が目立つ様になります。その原因として口下手さや、毎年達成が必要な年度目標において、少なからず未達や失敗する目標を毎年待たざるを得ないという損な役回りの性でしょうか。今の周りの実態です。

(野村政直:医学博士・石原産業社長室・慶友三田会会長)

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