野村9)福澤諭吉全集の牛歩研究その9・・・33号

「福澤諭吉全集の牛歩研究と、今の仕事と、塾の理系話題その第9話

                       野村 政直 (平成15、経)

年が変わり令和2年となりました。慶応から明治に変わった明治2年はどんな世相だったのかは想像するしかありませんが、福澤先生は膨大な書物を書き残され、全集を少しずつ読み進める中で、幕末から明治という大変革期の日本の変動を想像しながら、今の時代と近い将来への見通しに少しでも役立てばと思い、牛歩研究を続けています。昨今の世相における話題の1つとして、脱炭素社会を目指した地球温暖化対策があると思います。おそらく明治2年の頃には思いもよらぬ、現代人の大問題ですが、2030年に向かってこれから数年の対応が将来を決めるとも言われています。産業革命時代から比べて地球の平均気温が既に1℃上昇していますが、これが2.0℃まで上がってしまうと上昇カーブが止まらなくなる恐れがあるとも言われています。1.5℃までが今の目標になっている様です。実際に世界的に生暖かい今年の冬はある意味不気味です。石炭火力をエネルギーとしてまだかなりの割合で使っている日本が再生可能エネルギー中心に急激に変わるのは難しい実態がありますが、ESG(Environment, Social, Governance)と呼ばれる新しい投資基準が今は世界の資金の流れの中心になっています。WHOが提唱するSDGsで17のゴールを目指しながら、如何に環境に貢献しながら近江商人の3方よしの精神で次の時代に向かえるか、企業だけではなく、行政も、教育機関も全ての活動に共通する時代の1つの方向と思います。温故知新は何時の時代も1つの手立てでしょうが、明治の変革期に世界の動きや日本の実態を分析し、「学問のすすめ」を書かれた福澤先生の足跡を辿るのは、塾員として興味尽きない、将来に繋がる活動とも思います。

学問のすすめの最後となった第17編からですが、その人望論のなかに以下の記述がありました。「されば人望は固より力量に由りて得べきものに非ず、また身代の富豪なるのみに由りて得可きものにも非ず、唯其人の活発なる才智の働と正直なる本心の徳義とを以て次第に積で得べきものなり」。色々と含蓄のある文章と思い読み進めました。如何に才智があろうとも、不活発な活動では人望は得られませんし、才智のない活発な活動でも直ぐに嫌われてしまうでしょう。また正直なる本心の徳義を積み上げる努力がその人の人望に繋がるとの文章は、地道で粘り強い繰り返しの積極的な活動が、少しずつその人の人望を高めていく過程になるのだと勇気づけるものと読みました。

この第17編では夫婦親子関係も以下のように述べています。「されば人間交際の要も和して真率なるに在るのみ、其虚飾を流るるものは決して交際の本色に非ず。凡そ世の中に夫婦親子より親しき者はあらず、之を天下の至親と称す。而してこの至親の間を支配するは何物なるや、唯和して真率なる丹心あるのみ。」表面を綺麗に着飾った上辺の華麗さや虚飾ではなく、夫婦親子にある、人を労わる真心、おもいやりが人間交際でも1つの望ましい心がけとして述べられていると読み進めました。時にマスコミ沙汰になる社会を騒がす殺人事件や凶悪犯罪の元凶は色々とあるでしょうが、夫婦親子関係がしっかりと築かれていれば家庭が安定し、その延長で地域が安定し、社会が安定し、国が安定して行くのではないでしょうか。各家庭の形態は様々と思います。核家族化が進み、離れて暮らす親子や単身赴任もあると思います。それでも福澤先生の書かれた真率で和を重んじ、丹心あるのみの姿勢は人間交際の極意と言える様に読みました。この学問のすすめの第17編もそこに行き着くヒントが数珠玉のように溢れていると思います。そしてこの第17編の最後に三田会の今日までの繁栄の元となる様な先生の考え方が書かれていたので、その記述を紹介させて頂きます。

「第三、道同じからざれば相興に謀らずと。世人又この教を誤解して、学者は学者、医者は医者、少しく其業を異にすれば相近くことなし、同塾同窓の懇意にても塾を巣立ちしたる後に、……….試に思へ、世間の士君子、一旦の偶然に人に遭ふて生涯の親友たる者あるに非ずや。十人に遭ふて一人の偶然に当らば、二十人に接して二人の偶然を得べし。人を知り人に知らるるの始源は多く此辺に在て存するものなり。今日世間に知己朋友の多きは差向きの便利に非ずや。恐れ憚る所なく、心事を丸出しにして颯颯と応接す可し。故に交を広くするの要はこの心事をなる丈け沢山にして、多芸多能一色に偏せず、様々の方向の由て人に接するに在り。或は学問を以て接し、或は商売に由りて交わり、或は書画の友あり、或は碁将棋の相手あり、凡そ遊治放蕩の悪事に非ざるより以上の事なれば、友を会するの方便たらざるものなし。….人にして人を毛嫌いする勿れ。」

一旦学校を卒業し社会人となると通常は同業の社会人同士の交わりが基本的なものとなり、異業種の人との交わりは難しくなっていると思います。医者が医療関係者以外とフランクにお付き合いできる場は殆どなく、学者も然りでしょう。そのような面の改善として、同窓会の有難さがあり、塾員同士の交わりである三田会の繋がりは社中のものにとって、大変貴重なものになっています。この時福澤先生は心事を丸出しにして颯颯と応接するべきと述べ、恐れ憚る所なくとも書かれています。三田会の上層部に立っている様な方々は、社会的にも大きな組織の長を務めている様な立派な方が多数見えると思います。それでも同窓の交わりとして、決して恐れ憚ることなく広く交わる事が大切と述べられ、十人の交際から一名でもより親しく交わる事が出来る仲間が得られれば、それで良いので、人を毛嫌いすること勿れと締めくくっています。同窓会への参加精神はこの格言に尽きるのではないでしょうか。慶應大学を卒業してから三田会を知り、各種の三田会行事に参加する中で感じてきたこと、少し戸惑っていた面も福澤先生の格言を読み、理解し、再発表して行く中で、より良い人間交際に繋げていける考え方と思います。

最後に昨年末の慶応大学医学部賞の話題から、ユトレヒト大学医療センター分子遺伝学教授のハンス C. クレバース教授は、「Wntシグナルによる幹細胞と臓器形成制御」で受賞されました。
Wntシグナルは、発生・分化、発がんなどに重要なシグナルであることが知られています。Hans C. Clevers博士は初めて腸管上皮幹細胞を同定されました。この発見により、生体内で幹細胞を追跡することに成功し、幹細胞の機能や性質を次々に明らかにされました。腸管上皮幹細胞をWntシグナルの活性化機構を利用して体外で永続的に増殖させるオルガノイド技術を開発され腸管上皮幹細胞のみならず、肝臓・膵臓・胃・肺などの様々な組織幹細胞に応用でき、がんを含め様々な疾患の病態解明に大きな貢献をもたらしています。また、大阪大学の岸本忠三博士は、世界に先駆けてBリンパ球に作用して抗体産生を誘導するサイトカインであるインターロイキン6(IL-6)を発見し、IL-6のシグナル伝達機構の全容を解明しました。その後IL-6 が炎症性疾患や関節リウマチ、多発性骨髄腫など多くの疾患に関与することを明らかにし、製薬会社と共同でIL-6の作用を阻害する抗IL−6受容体モノクローナル抗体トシリズマブを開発し、関節リウマチやキャスルマン病の優れた治療薬として確立されました。その業績は、以降のサイトカインの基礎および臨床研究の発展に多大な影響を与えました。また博士は多くの優れた後進を育てたことでも知られます。その業績は、医学・生物学領域において称賛される偉業であり慶應医学賞にふさわしいと発表されました。

今勤務している会社ではかつてチタン酸バリウムを使って電池開発にかなり投資し、商品化を進めましたが、市場で勝ち残ったのは旭化成のリチウム電池で、吉野博士は見事にノーベル化学賞を受賞されました。吉野博士もコメントされました様に、今後若い企業内の研究所の活躍につながる大きなインパクトになったと思います。三田会としては塾からのノーベル賞の受賞者が近いうちに出てほしいものです。経済学賞が取れれば、日本人初になるのですが。

(野村政直:医学博士・慶友三田会会長・石原産業社長室)

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